むかしむかし、あるところに、一人の犬飼いがいました・犬飼いとは、狩りで使う猟犬を育てる仕事です。
ある日の事、犬飼いがお気に入りの犬を連れて池のそばを通ると、犬が急に吠えだしたのです。「こら、いったいどうした?あっ!」
見ると、美しい娘が池で水浴びをしているではありませんか。
「こんな美しい娘、今まで見たことがない。あれはきっと、うわさに聞いた天女なら、きっとどこかに羽衣を脱いでいるはず」
犬飼いは、犬に命じました。
「早く、あの天女の羽衣を探し出せ」
さて、しばらくして天女が池から上がってきましたが、どうした事か大切な羽衣がどこにも見当たりません。
犬飼いが、羽衣を隠してしまったからです。
羽衣がなければ、天女は天へ戻れません。
「どうしよう」
天女が困っていると、犬飼が現れて言いました。
「お困りの様だが、どうしました?」
「はい、実は」
天女が事情を話すと、犬飼いが言いました。
「それなら羽衣が見つかるまで、わしの家にいればいい」
こうなれば、仕方ありません。行くところのない天女は、犬飼いの家に行きました。
そして、犬飼いのお嫁さんになったのです。
二人が仲良く暮らして、数年がたちました。
ところがある日、嫁になった天女が隠してあった羽衣を見つけてしまったのです。
「ひどい!あんまりだわ!」
天女はすぐに羽衣を身につけると、空高く舞い上がっていきました。
それに気づいた犬飼いは。
「待っておくれ!いかないでおくれ!」
と、声を張り上げましたが、天女はそのまま空の向こうへ消えてしまいました。
お嫁さんの天女がいなくなってから、犬飼いは毎日毎日、天女の事を考えていました。
「どうすれば、妻を連れ戻せるだろうか?どうすれば?」
そこで犬飼いは、占い師のおばあさんのところへ相談に行きました。
すると占い師は、こう言いました。
「連れ戻す事は出来ないよ。だが、お前の方から訪ねていけばいい」
「訪ねて行けと言っても、どうやって天に行けばいいのだ?」
「それは簡単さ。天女の所へ行くには、一晩で百足のわらじを作れば良い。その百足のわらじを土に埋めて、その上にへチマの種をまいてごらん」
それを聞いた犬飼いは、さっそく家に帰るとわらじを作り始めました。
「妻よ、待っていろよ。必ず迎えに行くからな」
百足のわらじを作る事は、とても大変な事です。
犬飼いはやすむ事無く、わらじを作り続けました。
でも夜が開けた時には、九十九足しか出来上がっていませんでした。
「九十九足しかないが、百足とは。あまり変わるまい」