春之赋 作者:薄田泣菫

春之赋

作者:薄田泣菫

2026.9.14.

春天,又回来了。

自打生了病以来,酷暑与严寒对身体的折磨比以往任何时候都要难熬。除了夏天盼着秋天、冬天念着春天之外,我对四季更迭几乎一无所知。今年冬天的严寒,早早便透出了比往年都要凛冽的兆头,因此,还没到冬至,我就已经迫不及待地盼望着春天的到来了。尤其是这三四年来,我与病魔抗争的心气已大不如前。每当觉得自己这副病躯又能迎来一个和煦宜人的春天或秋天时,我总会如释重负,从心底里深深地感激:

“啊,太好了。时隔一年,又能与这样美好的时节重逢……”

我常年闭门不出,连院门都未曾迈出过一步。即便春天来了,我也不会像年轻人那样,为了寻访未曾见过的奇花异草而漫山遍野地奔走;也不会像从前那样,为了寻访那些名扬天下或鲜为人知的古树名木,而踏上漫无目的的旅途。我只是在庭院旁那块仅有猫额头大小的菜地里来回踱步,静静地凝视着四周的景致。

草儿们披上了如天鹅绒般奢华的花瓣,各自化着浓艳的妆容,将馥郁的芬芳肆意挥洒在空气中;树木则在油亮亮的阳光下,尽情舒展着娇嫩的枝叶,享受着属于它们的生命之悦。看着这番光景,活着的喜悦便与枝头鸟儿的啼鸣、花间蜜蜂寻蜜时如哼唱般的嗡鸣交织在一起,融为一体,滴滴答答地落入我的心田。就连我那原本阴郁灰暗的情绪,也不知不觉间豁然开朗,变得明朗起来。

眼下刚刚破土而出的嫩草,每天都在长高,不久便会如女子的秀发般繁茂葱郁。我喜欢踩踏它们。用光着的脚丫去感受那份冰凉、柔软且带着些许痒意的触感,想来也是指日可待的事了。

从前晋代有一位名叫昙始的僧人,人称“白足和尚”。人如其名,他的双脚比面容还要白皙光滑。据说,即便在雨后蹚过泥泞的水洼,他的双脚也不会沾染上半点污浊。我的双脚自然比不上和尚那般白皙细腻,肤色黝黑且纹理粗糙,可一旦踏上柔软的嫩草,脚底立刻就会被染成青绿色。看着这抹绿意,我便觉得自己的脚底也生出了鲜活的春意,仿佛真切地品尝到了春天的味道。

春天,正以无比强烈的力量,牵动着世间万物。

不知是在哪个朝代,中国有个名叫马明生的人。当时正值仙术盛行,他听说只要精通此道,不仅能长生不老,还能实现世人认为最难的愿望——在世间自由飞翔。于是,他立刻去拜访了仙术界的泰斗安期生,拜入门下。安期生在这方面有着“融通无碍”的美誉。

经过漫长的修行,马明生终于从师父那里得到了“金液神丹方”的真传。据说,只要服下这枚神丹,便能永远不老不死,还能以肉身化作飞鸟,翱翔于天际。

多年的夙愿终于达成,马明生满心欢喜。他向世人告别,独自深入华阴山中,按照秘法炼制出了仙药。

他小心翼翼地将炼成的仙药托在掌心,脸上甚至浮现出了明朗的微笑。

“我这就服下它。下一瞬间,我的身躯便能如仙鹤般轻盈地舞上九霄。大地啊,你我长久的相伴,到了该分别的……”

他这样喃喃自语,向这片相伴多年的故土投去了最后的一瞥。

就在那一刹那,他的心境变了。他一口气吞下了掌中一半的仙药,却又毫不犹豫地将剩下的一半尽数洒落在地。

本该化作飞仙、伴随着振翅的锐音翱翔九天的马明生,身躯竟肉眼可见地佝偻蜷缩起来,最终沦为了一个小小的地仙。

究竟是什么让马明生在如此紧要的关头,做出了这般改变心意的抉择?不同的人或许有不同的解读,而我更愿意相信,那是因为当时的季节,恰逢春天。

那些被五颜六色装点得明媚动人的山野春景,与那空洞寂寥的广阔苍穹相比,不知将这位修仙者的心拉回了尘世多少倍。这并不难想象。

说到底,他的变卦,或许就是出于这样一个微不足道的理由吧。

世间之事,往往便是如此。

〔昭和九年刊《独乐园》〕

春の賦

薄田泣菫

        一

 また春が帰つて来た。

 病にかかつてこのかた、暑さ寒さが今までになくひどく体にこたへるので、夏が来ると秋を思ひ、冬になると春を恋しがる以外には、何をも知らない私は、ことしの冬が近年になく厳しからうとの前触れがやかましかつただけに、まだ冬至も来ないうちからどれほど春を待ちかねたことか。とりわけこの三、四年、病気と闘ふ気分のめつきり衰へてきた私は、自分の病躯びやうくに和やかな、触りのよい春を見つけるか、また秋を迎へるかすることができると、そのたびごとにほつとして、

「まあ、よかつた。一年振りにまたこんないい時候に出会でくはすことができて……」

と、心の底より感謝しないではゐられなかつた。

 いつも家の中にのみ閉ぢ籠つて、門外へは一歩も踏み出したことのない私は、春が来たからといつて、若い人たちと同じやうに、まだ見ぬ花を尋ねて、あちこちと野山を歩きまはるといふでもないし、また以前よくやつたやうに世間に名の聞えた、もしくはあまり知られてゐない老樹大木を尋ねて、そことしもない旅に上のぼるといふでもない。ただ庭つづきの猫の額ほどの圃はたけを幾度か往き戻りしながら、あたりをじつと見まもるまでのことだ。

 草は草で、天鵞絨ビロードのやうな贅沢な花びらをかざり立てて、てんでにこつてりしたお化粧めかしをした上に、高い香をそこら中にぷんぷんと撒まき散らし、木は木で、若々しい枝葉を油つこい日光の中へ思ふさまのびのびと拡げて、それぞれみづからの生命を楽しんでゐる和やかさ。それを見てゐると、生きることの悦びは、そこらの枝に来合せてゐる鳥のさへづりや、蜜をもとめて花のなかを飛び交してゐる蜜蜂の鼻唄めいた唸うなりと一緒に交り合ひ、融け合つて、私の心のうちに滴り落ちるので、ともすれば陰気に曇らうとする私の感情のくまぐままでもが、覚えずぱつと明るくならうとする。

 今そこらに芽を出したばかりの若草は、毎日のやうに寸を伸ばしていつて、やがて女の髪のやうに房やかになることだらう。私はそれを踏むのが好きだ。素脚すあしの足の裏につめたい、やはらかな、擽くすぐるやうな感触を楽しむことができるのも、もうほどなくのことらしい。

 むかし晋の時代に曇始といふ僧があつた。またの名を白足びやくそく和尚と呼ばれただけあつて、足の色が顔よりも白く滑らかで、外を出歩く時雨上りの泥水の中をざぶざぶと徒渉かちわたりしても、足はそれがために少しも汚されなかつたといふことだ。私の足は和尚のそれとは異ちがつて、色が黒く、きめが粗いやうだが、やはらかい若草の葉を踏むと、すぐに緑の色に染まるので、私はそれを見て自分の足の裏からも若やかな春を感じ、春を味はふことができようといふものだ。

        二

 春はすべてのものに強く働きかけようとしてゐる。

 いつの時代のことだつたか、支那に馬明生といふ人があつた。そのころ仙術といふものが流行はやつて、それに熟達すると、ながく老といふことを知らないで生きながらへることができるのみか、人間の持つ願望のうちで一番むづかしいといはれる飛翔すらも容易たやすくできるといふことを聞いた彼は、早速安期生を訪ねて、弟子入りをした。安期生はその道の第一人者で、さういふことにかけては融通無碍むげの誉れを持つてゐた。

 馬明生は師についてながい修業の後、やつと金液神丹方といふのを伝授せられた。この神丹を服用すると、その人はいつまでも不老不死で、そしてまた生身いきみのままで鳥のやうに空を飛ぶことができるといふことだつた。

 ながい希望を達して得意になつた彼は、人々に別れを告げて華陰山の山深く入つていつた。そして教へられた通りの秘法で仙薬を錬つた。

 彼はできあがつた薬を大切さうに掌面てのひらに載せた。顔にはほがらかな微笑さへも浮んでゐた。

「わしは、今これを服さうとしてゐるのだ。次の瞬間には、わしの身体は鸛こふのとりのやうにふはりと空高く舞ひ揚ることができるのだ。大地よ。お前とは久しい間の……」

 彼はかういつて、最後の一瞥いちべつを長い間の昵懇なじみだつた大地の上に投げた。

 その一刹那、彼の心は変つた。彼は掌面に盛つてゐた仙薬の全分量の半分だけを一息にぐつと嚥のみ下したかと思ふと、残つた半分を惜し気もなくそこらにぶち撒けてしまつた。

 飛仙となつて、羽ばたきの音けたたましく大空を翔かけめぐるべきはずだつた馬明生の体は、見る見るうちに傴僂せむしのやうに折れ曲つて、やがて小さな地仙となつてしまつた。

 何が馬明生をして、かうも大事な瀬戸際にあたつて、そんなに心変りをさせたらうか。それは見る人によつていろいろな解釈もあらうが、私はそれを時季がちやうど春だつたからのことだと考へたい。そこらの野山を色とりどりに晴れやかに粧よそほつた春の眺めは、あのがらんとした空洞のやうな空の広みと比べて、どんなにこの仙術修業者の心を後に引き戻したらうか。それは想像するに難かたくないことだ。

 彼の心変りも、詮じ詰めると、そんなちよつとした理由にもとづくものではなかつたらうか。

 世の中にはよくそんなことがあるものだ。

〔昭和9年刊『独楽園』〕

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