『春琴抄』の中に唯美の句ーー佐助が春琴をどれほど愛しているかについて

「しかるに検校が父祖代々の宗旨を捨てて浄土宗に換えたのは墓になっても春琴女の側を離れまいという殉情から出たもので。」「春琴の閉じた眼瞼が姉妹たちの開いた瞳より明るくも美しくも思われてこの顔はこれでなければいけないのだこうあるのが本来だという感じだした。」「後日佐助は自分の春琴に対する愛が同情や憐愍から生じたという風に言われることを何よりも厭いそんな観察をする者があると心外千万であるとした。わしはお師匠様のお顔を見てお気の毒とかお可哀そうとか思ったことは一遍もないぞお師匠様に比べると眼明きの方がみじめだぞお師匠様があの気象とご器量で何で人の憐れみを求められよう佐助どんは可哀そうじゃとかえってわしを憐れんで下すったものじゃ、わしやお前達は眼鼻が揃っているだけで他の事は何一つお師匠様に及ばぬわしたちの方が片羽ではないかと云った。」「彼は無上の光栄に感激しながらいつも春琴の小さな掌を己れの掌の中に収めて十丁の道のりを春松検校の家に行き稽古の済むのを待って再び連れて戻るのであった。」「佐助は彼女の笑う顔を見るのが厭であったというけだし盲人が笑う時は間が抜けて哀れに見える。」「佐助は絶えず春琴の顔つきや動作を見落さぬように緊張していなければならずあたかも注意深さの程度を試されているように感じた。」「佐助もまたそれを苦役と感ぜずむしろ喜んだのであった彼女の特別な意地悪さを甘えられているように取り、一種の恩寵のごとくに解したのでもあろう。」「春琴の習っている音曲が自然と耳につくようになるのも道理である佐助の音楽趣味はかくして養われたのであった。」「後年盲人となり検校の位を称してからも常に自分の技は遠く春琴に及ばずと為し全くお師匠様の啓発によってここまで来たのであるといっていた。」「ただ春琴に忠実である余り彼女の好むところのものを己れも好むようになりそれが昂じた結果であり音曲をもって彼女の愛を得る手段に供しようなどの心すらもなかったことは、彼女にさえ極力秘していた一事をもって明かである。」「しかし佐助はその暗闇を少しも不便に感じなかった盲人の人は常にこう云う闇の中にいるこいさんもまたこの闇の中で三味線を弾きなさるのだと思うと、自分も同じ暗黒世界に身を置くことがこの上もなく楽しかった後に公然と稽古することを許可されてからもこいさんと同じにしなければ済まないと云って楽器を手にする時は眼をつぶるのが癖であったつまり眼明きでありながら盲目の春琴と同じ苦難を嘗めようとし、盲人の不自由な境涯を出来るだけ体験しようとして時には盲人を羨むかのごとくであった。」「佐助は天にも昇る心地して丁稚の業務に服する傍日々一定の時間を限り指南を仰ぐこととはなりぬ。」「時によるとこの幼い女師匠は『阿呆、何で覚えられへんねん』と罵りながら撥をもって頭を殴り弟子がしくしく泣き出すことも珍しくなかった。」「佐助も泣きはしたけれども彼女のそういう言葉を聞いては無限の感謝を捧げたのであった彼の泣くのは辛さを怺えるのみにあらず主とも師匠とも頼む少女の激励に対する有難涙も籠っていた故にどんな痛い目に遭っても逃げはしなかった泣きながら最後まで忍耐し『よし』と云われるまで練習した。」「口やかましく叱言を云うのはまだよい方で黙って眉を顰めたまま三の絃をぴんと強く鳴らしたりまたは佐助一人に三味線を弾かせ可否を云わずにじっと聴いていたりするそんな時こそ佐助は最も泣かされた。」「肉体の関係ということにもいろいろある佐助のごときは春琴の肉体の巨細を知り悉して剰す所なきに至り月並の夫婦関係の夢想だもしない密接な縁を結んだのである。」「晩年鰥暮らしをするようになってから常に春琴の皮膚が世にも滑かで四肢が柔軟であったことを左右の人に誇って已まずそればかりが唯一の老いの繰り言であったしばしば掌を伸べてお師匠様の足はちょうどこの手の上へ載るほどであったと云い、また我が頬を撫でながら踵の肉でさえ己のここよりはすべすべして柔らかであったと云った。」「俄盲目の怪しげなる足取りにて春琴の前に至り、狂喜して叫んで曰く、師よ、佐助は失明致したり、もはや一生お師匠様のお顔の瑕を見ずに済むなり、まことによき時に盲目となり候ものかな、これは必ず天意にて侍らんと。」「ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した。」「佐助はこの世に生れてから後にも先にもこの沈黙の数分間ほど楽しい時を生きたことがなかった。」「佐助は今こそ外界の眼を失った代りに内界の眼が開けたのを知りああこれが本当にお師匠様の住んでいらっしゃる世界なのだこれでようようお師匠様と同じ世界に住むことが出来たと思った。」「二た月前までのお師匠様の円満微妙な色白の顔が鈍い明りの圏の中に来迎仏のごとく浮かんだ。」「佐助痛くはなかったかと春琴が云ったいいえ痛いことはござりませなんだお師匠様の大難に比べましたらこれしきのことが何でござりましょう。」「あ、あり難うございますそのお言葉を伺いました嬉しさは両眼を失うたぐらいには換えられませぬお師匠様や私を悲嘆に暮れさせ不仕合わせな目に遭わせようとした奴はどこの何者か存じませぬがお師匠様のお顔を変えて私を困らしてやると云うなら私はそれを見ないばかりでござります私さえ目しいになりましたらお師匠様のご災難は無かったのも同然、せっかくの悪企みも水の泡になり定めし其奴は案に相違していることでござりましょうほんに私は不仕合わせどころかこの上もなく仕合わせでござります卑怯な奴の裏を搔き鼻をあかしてやったかと思えば胸がすくようでござります。」

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