松鸦
かけす
川端康成
夜明けからかけすが鳴き騷いでいる。
雨戸をあけると、目の前の松の下枝から飛び立ったが、またもどって来たらしく、朝飯の時は羽音が聞えたりした。
「うるさい鳥だな。」と弟が立ちかかった。
「いいよ、いいよ。」と祖母が弟を止めた。
「子供をさがしているんだよ。昨日雛を巢から落としたらしいよ。昨日も夕方暗くなるまで飛び立っていたが、わからないのかね。でも感心なものさ、今朝もちゃんとさがしに来るんだもの。」
从黎明开始,松鸦就叫个不停。
打开防雨窗,从眼前的松树下枝飞走了,好像又回来了,吃早饭时还能听到翅膀的声音。
“真是烦人的鸟。”弟弟站了起来。
“没事,没事。”祖母阻止了弟弟。
“我在找孩子,昨天好像把雏鸡从巢里掉下来了。昨天至到傍晚才飞回来,你不明白吗?不过真让人佩服啊,今天早上还来找呢。”
「お祖母さん、よくおわかりになるわね。」と芳子は言った。祖母は目が悪い。十年ほど前の腎臓炎のほかには病気らしいものをしたことはないが、若い時からのそこひで、今はもう左眼だけがかすかに見えるか見えないくらいであった。茶碗も箸も手渡してやらねばならない。勝手知った家の中は手さぐりで歩くけれども、庭へひとりで出ることはない。
“外婆,您还真是明白啊。”芳子说。祖母眼睛不好。除了十年前的肾炎之外,他没有得过什么病,但由于年轻时的坏毛病,现在只剩下左眼看不清了。碗和筷子都要递过去。在熟悉的房子里摸索着走,从不一个人到院子里去。
ときどきガラス戸の前に立っていたり、坐っていたりして、掌をひろげながら、ガラス越しの日ざしに五本の指をかざして、と見こう見している。根限りの生命をその視力に集中している。その時の祖母が芳子は恐ろしかった。うしろから叫びたいようにも思うが、そっと遠くへかくれてしまうのだった。
他时而站在玻璃门前,时而坐着,伸开手掌,用五根手指对着透过玻璃照进来的阳光打量着。把所有的生命都集中在那视力上。芳子觉得那时的外婆很可怕。我很想在背后大喊,却悄悄地躲到远处去了。
そんな目の悪い祖母が、かけすの鳴き声を聞いただけで、目に見たように言ったので、芳子は感心したわけだった。
芳子が朝飯の後かたづけた台所へ立つと、かけすは隣りの屋根で鳴いていた。
这样视力不好的祖母,一听到松鸦的叫声,就好像亲眼看到了一样,芳子很佩服。
芳子吃完早饭来到厨房,发现松鸦正在隔壁屋顶上叫。
裏庭には栗が一本と柿が二三本ある。その木を見ると細かい雨の降っているのがわかる。葉のしげりをバックにしないと見えいような雨である。
かけすは栗の木に飛び移って、それから低く地上をかすめて飛んだかと思うと、また枝にもどった。しきりに鳴く。
院子后面有一棵栗子和两三棵柿子。一看那棵树就知道要下细雨,就像是不以茂密的树叶为背景看不见的雨。
松鸦跳到栗树上,然后低空掠过地面,又飞回树枝上。不停地叫。
母鳥が立ちさりかねているのだから、雛鳥はこのあたりにいるのだろうか。
芳子は気にかかりながら部屋へはいった。朝のうちに身じまいをしておかねばならない。ひる過ぎに父と母とが芳子の縁づく先の母親をつれて来ることになっている。
既然母鸟不肯离去,那么雏鸟应该就在这附近吧。
芳子有些担心地走进房间。必须在早上把衣服收拾好。中午过后,父母会带芳子亲戚的母亲来。
芳子は鏡台の前に坐って、爪の白い星をちょっと見ていた。爪に星が出来るのはなにかもらうしるしだと言ったものだが、ヴイタミンC かの不足だと新聞に出ていたのを思い出した。化粧は割に気持ちよく出来た。自分の眉も唇もみんな可愛くてしかたがなくなって来た。着物も楽に着られた。
母が着つけの手伝いに来てくれるかと待つ思いもあったが、ひとりで着た方がよかったと思った。
芳子坐在梳妆台前,看了一眼指甲上的白色星星。她说指甲上长星星是得到什么东西的标志,但报纸上说这是缺乏维他明C。妆化得很舒服。自己的眉毛和嘴唇都可爱得不得了。衣服也穿得很舒服。
虽然也想等母亲来帮忙穿衣服,但还是觉得一个人穿比较好。
父母は別居している。二度目の母である。
父が芳子の母を離婚したのは、芳子が四つ弟が二つの時だった。母は派手に出歩いて金使いも荒かったということだが、ただそればかりでなく、離婚の原因はもっと深刻なものであったと芳子もうすうす感づいていた。
父母分居。她是第二个母亲。
父亲和芳子母亲离婚的时候,芳子有四个弟弟。芳子也隐隐约约地察觉到,母亲出外挥霍无度,不仅如此,离婚的原因还很不可思议。
弟が幼いころ母の写真を見つけ出して父に見せると、父はなんともいわなかったが、恐ろし顔をして、いきなりその写真を引きさいてしまった。
弟弟小时候找出母亲的照片给父亲看,父亲什么话也没说,却一脸可怕地把照片撕了。
芳子が十三の時、家に新しい母を迎えた。後に芳子はよく+年も父がひとりでいてくれたと思うようになった。二度目の母はいい人で、なごやかな暮らしが続いた。
芳子十三岁的时候,家里迎来了新妈妈。后来芳子觉得父亲一个人待了好几年。第二任母亲是个好人,过着和和美美的生活。
弟が高等学校に上って寮で暮すようになると、義理の母への態度が目に見えて変わって来た。
「柿さん、母さんに会って来たよ。結婚して麻布にいるんだ。すごく騎麗なんだぜ。僕の顔を見て喜んだよ。」
弟に突然言われて芳子は声も出なかった。顔を失ってふるえ出しそうだった。
向こうの部屋から母が来て坐った。
弟弟升上高中住在宿舍后,他对岳母的态度发生了明显的变化。
“柿小姐,我去见妈妈了。她结婚住在麻布,长得很漂亮。看到我的脸,我很高兴。”
弟弟突然这么一说,芳子说不出话来。我丢了脸,几乎要发抖。
母亲从对面房间过来坐下。
「いいよ、いいよ。自分の生みの親に会うのだもの、悪いことじゃない、当り前よ。こんな時が来るだろうってことは、母さんだって前からわかってたんだもの。別になんとも思やしないよ。」
母は体の力が抜け落ちたようで、芳子には瘦せた母が可哀相なほど小さくみえた。
“没关系,没关系。去见自己的亲生父母,没什么不好的,这是理所当然的。妈妈也早就知道会有这样的一天。我也没什么特别的想法。”
母亲似乎失去了力气,在芳子看来,消瘦的母亲小得可怜。
弟はぷいと立って行った。芳子は思い切り打ってやりたかった。
「芳子さん、あの子になんにも言うんじゃありませんよ。言うだけあの子を悪くするんだから。」と母は小声で言った。芳子は淚が出た。
父は弟を寮から家へ呼びもどした。芳子はそれですむだろうと思っていたのに、父は母をつれて別居してしまった。
弟弟噗地站起来走了。芳子很想狠狠地揍他一顿。
芳子小姐,你什么都不要对那孩子说,说了只会害那孩子。”母亲小声说。芳子流下了眼泪。
父亲把弟弟从宿舍叫回家。芳子本以为这样就结束了,父亲却带着母亲分居了。
芳子は恐ろしかった。なにか男の憤怒か怨恨かの強さに打ちひしがれたようだった。前の母につながる自分達も父は憎んでいるかと疑った。ぷいと立って行った弟も男の父の恐ろしさをうけついでいるかと思えた。
しかしまた、前の妻と別れてから後の妻を迎えるまで十年間の父の悲しさと苦しさも、芳子は今になってわかるようにも思えた。
芳子很害怕。似乎是被男人的愤怒或怨恨压垮了。我怀疑父亲是否也恨和前任母亲有关系的自己。突然起身离去的幺弟似乎也继承了父亲的恐怖。
但是,从与前妻离婚到迎娶新妻这十年来,父亲的悲伤和痛苦,芳子现在似乎也能理解。
だった。そうして別居している父が縁談を持って来た時、芳子は意外
「お前には苦労をかけてすまなかった。こうこういうわけの娘ですから、お嫁というよりも、楽しい娘時代を取りもどさせてやって下さいと先方の母親によく話してある。」
父にそんなことを言われると芳子は泣いた。
是这样。当分居的父亲来找芳子谈亲事的时候,芳子感到意外
“让你受了那么多苦,真是对不起。我经常跟对方的母亲说,她是这样的女儿,与其说是嫁人,不如说是让她重新找回快乐的少女时代。”
被父亲这么一说,芳子哭了。
芳子が結婚すれば、祖母と弟とを世話する女手がないから、父達は祖母達と一つになるということであった。それが先ず芳子の心を動かした。父のことから結婚を恐ろしいように思っていたが、実際の話にぶっつかるとそう恐ろしいとは思わなかった。身支度がすむと芳子は祖母のところへ行って立った。.「お祖母さん、この着物の赤いのお見えになって?」
芳子结婚后,没有人照顾祖母和弟弟,父亲和祖母就成了一家人。这首先打动了芳子的心。因为父亲的缘故,我觉得结婚很可怕,但遇到实际情况时,就没那么可怕了。梳妆打扮完毕,芳子走到祖母身边站起身来。“奶奶,您看见这件红色和服了吗?”
「ぼうっとそこらの赤いのはわかるよ。どれ。」と祖母は芳子を引き寄せて着物や帯に目を近づけながら、
「もう芳子の顔は忘れたよ。どんなになっているのか、見たいねえ。」
“朦胧的红色我知道。哪个。”祖母把芳子拉到身边,眼睛凑近和服和腰带。
“芳子的脸我已经忘记了。真想看看她现在怎么样了。”
芳子はくすぐったいのをじっとしていた。祖母の頭に軽く片手をおいた。
父達の来るのをその辺まで出迎えたく、芳子はぼんやり坐っていられないので庭へ出た。掌を開いてみたが濡れるほどの雨ではない。裾をからげて、小さい木のあいだや熊笛のなかを丹念にさがしていると、萩の下の草のなかに雛鳥がいた。
芳子忍着痒不动。一只手轻轻放在祖母头上。
芳子想去那里迎接父亲他们的到来,不能一直坐着发呆,所以走到院子里。我张开手掌,雨还没淋湿。撩起裙摆,在小树丛和熊笛中仔细寻找,发现胡枝子下的草丛里有雏鸟。
芳子は胸をどきどきさせて近づいたが、雛はじっと首をすくめたままだった。たやすくつかまえた。元気がなくなっているらしい。あたりを見したが母鳥はいない。
芳子は家へ走りこんで、
たわ、つかまえたわ。弱ってるわ。」
「おや、そうかい。水を飲ませてごらん。」
芳子忐忑不安地走近,雏鸟却一动不动地缩着脖子。轻而易举地抓住了。好像没精神了。环顾四周,不见母鸟。
芳子跑回家。
哇,抓住了。太弱了。”
“哦,是吗?让我喝点水看看。”
祖母は落ちついていた。
茶碗に水を汲んで嘴を入れてやると、小さいのどをふくらませて可愛く飲んだ。それで元気を取りもどしたのか、「キキキ、キキキ……。」と鳴いた。
母鳥が聞きつけたらしく飛んで来ると、電線に止って鳴いた。雛は芳子の手のなかで身もだえしながら、
「キキキ……。」と呼んだ。
祖母很平静。
我在碗里盛了水,把嘴放进碗里,它就会鼓起小小的喉咙,可爱地喝着。也许是这样才恢复了精神,“琪琪,琪琪……。”叫了一声。
母鸟闻声飞来,停在电线上鸣叫。雏鸟在芳子手中扭动着身体。
“喜喜……。”叫道。
「ああ、よかったね、早くおかあさんに返しておやり。」と祖母が言った。
芳子は庭へ出た。母鳥は電線を飛び立ったが、向うの桜の梢からじっと芳子の方を見ていた。
“啊,太好了,快点还给妈妈。”祖母说。
芳子走到院子里。母鸟飞出电线,从对面的樱花树梢一直盯着芳子。
芳子は掌のなかの雛を見せるように片手を上げてから、そっと地上においた。
ガラス戸の陰から様子を見ていると、空を仰いで悲しげに鳴く雛鳥の声を頼りに母鳥が次第に近づいて来た。すぐ傍の松の下枝まで母鳥がおりて来た時、雛は飛び立たんばかりに羽ばたきして、その勢いでよろよろと前に歩くと、ひっくりかえりそうに倒れながら、鳴き立てた。
芳子举起一只手,像是要展示手中的雏鸟,轻轻放在地上。
从玻璃门的阴影处观察情况,听到雏鸟仰天悲鸣的叫声,母鸟逐渐靠近。母鸟降落到旁边的松树下枝时,雏鸟展翅欲飞,以这种气势摇摇晃晃地向前走,摇摇欲倒地叫了起来。
それでも母鳥は用心深くなかなか地上におり立たない。
まもなくしかし、すっと一直線に雛の傍へ来た。雛のよろこびようはない。首を振り振り、ひろげた羽をふるわせて、甘えるようである。母鳥は餌をやるらしい。
芳子は父や義理の母二人が早く来てくれて、これを見せたい
ものと思った。
(新潮日本文学選集15『川端康成集』による)
尽管如此,母鸟还是小心翼翼地不肯降落地面。
不一会儿,它径直来到雏鸟身边。没有雏鸟的喜悦。它摇着头,扇动着张开的翅膀,撒娇似的。母鸟好像在喂食。
芳子希望父亲和继母能早点来,让她们看看这个
我心想。
(出自新潮日本文学选集15《川端康成集》)