くもの糸
芥川龍之介のくもの糸は日本人ならたいていの人が知っている有名な小説だ。この小説の中で、地獄で苦しむ罪人カンダタははるか高い極楽から下がってきた1本のクモの糸を上っていくが、欲を出したために糸は切れてしまい、再び地獄に落ちてしまう。ここでクモの糸は細く切れやすいものの象徴として使われている。
しかし、クモの糸というのは決して弱いものではない。弱いどころか、我々が普通思っているよりもずっと丈夫なものである。もちろん、人間を支えるとなる1本の糸では無理だが、実際にクモの糸で人間の体を支えることに成功した例がある。ある研究者が、約19万本のコガネグモの糸を束ねて、長さ約10㎝、太さ2.6MMのロープを作り、それを使って直径約8㎝の輪を作った。そして、この輪で木にハンモックを吊り下げ、自ら乗ってみた。すると、ハンモックは落ちることもなく、ぶらんこのように揺らしても、糸は少し伸びただけだったという。それもそのはず、実は、同じ太さで比べれば、クモの糸は鉄の数倍も強く、ナイロンと同程度、或いはそれ以上の伸縮性を持っているのだ。
このようなクモの糸の優れた性質は昔からよく知られており、世界各地でクモの糸を利用するさまざまな試みがなされてきた。しかし、成功した例は皆無だ。その原因はクモの糸を大量に生産することの難しさにある。肉食のクモのさえを確保するのは大変だし、縄張り意識の強いクモは、共食いすることもある。
クモを利用して大量に糸を生産するのが難しいなら、クモの糸と同じ構造を持つ糸を人工的に作ればいい。実際、世界各国の大学や企業がクモの糸を人工的に作る方法を研究している。もちろん、これも簡単ではないのだが、少しずつ実用化に近づきつつある。もしこのような研究が成功するとすれば、人類は鉄よりも強く、しかもナイトンと違って分解されやすいので、環境への影響もすくない。夢のような繊維を手に入れることになる。