ACT1 接吻

ACT1 接吻

……来る。

ジークフリード・キルヒアイスは、ベッドに横たわり読んでいた本を閉じた。

正確には本など読んでおらず、ただページを開き、文字に目を落としていただけで、頭の中では別のことを考えていた。時計に目をやると、12時半を回ったところで、ちょうど居間でラインハルトと離れて、一時間経ったことになる。

彼は本をサイドテーブルに置くと、枕もとのスタンドの明かりを消した。夜中だというのに、満月が近いのかカーテンの隙間から、月明かりが差し込んでいる。眠気など全く来ないのに目を閉じて、さも随分前から眠りに落ちた振りをした。

今日、5月24日はヴァンフリート星域会戦の戦闘の褒美として、シャフハウゼン子爵邸において、私たちはアンネローゼさまとの面会を許された。

あの時・・・・・・あの時ラインハルトさまが私の昇進の話をアンネローゼさまになさった時、ラインハルトさまの、あの表情を見たのは何度目だろうか。私は、アンネローゼさまが私のために立場を悪くされるのでは、と畏怖し、その思いをアンネローゼさまが酌んでくださったことが嬉しくて、ラインハルトさまの方を見たら、ラインハルトさまは何とも言いようの無い表情をされて、視線を私から逸らされた。

ずっと気になっていた。アンネローゼさまにお会い出来た日や、私がアンネローゼさまの話をした時には、決まってラインハルトさまはあの表情をなさる。・・・・・・そして決まってその夜はいらっしゃる。

最初は何時だっただろうか。もう2年ぐらい前になるかもしれない。やはりその日も、アンネローゼさまにお会いした日の夜だった。真夜中に小さくノックがされ、その音に目を覚ました私は返事をした。するとバツが悪そうに、ドアの前に立っているラインハルトさまがいて。どうしたのかと訊いてみても特に何も言われず、自分の部屋に引き返された。

その夜はなんだか気になってしまって、寝付けなかった。あれはきっと、気付いては、起きてはいけなかったのだろうと、後になって思った。

それから随分経って、その日もアンネローゼさまにお会いした日の夜だった。真夜中にノックの音がして、その音に気がついた私は、今度は眠った振りをしていた。すると、静かにドアの開く音がして、ラインハルトさまが入って来て、しばらくの間ベッドの脇に立っていた。

不意に小さな声で私を呼ぶ声がして、目を開けるべきか、このまま眠った振りを続けるべきか迷っているうちに、ラインハルトさまが近づいて来るけはいがした。そのとき私は動揺して、眉間にでも動きが出てしまったのかもしれない。ラインハルトさまは、私が眠っていない事に気付いてしまわれて、その場から逃げるように部屋を出て行かれた。

その夜もなんだか気になって寝付けなかった。その次はまた随分経っての事だった。何となくその夜はラインハルトさまがいらっしゃる。そんな気がして、この時は妙に予感めいたものがあった。

同じように真夜中にノックの音がして、今度は気付かれないように、細心の注意を払って眠った振りを続けた。すると、やはり長いことベッドの脇に立たれ、小さく私を呼ぶ声がして、そして近づくけはいがして・・・・・・手に唇の触れる感触がした。

この時気付いたような気がする。アンネローゼさまにお会いした日に、こんなことが集中していると。そして次に面会を許された時、そっとラインハルトさまの表情を盗み見た。すると今日の様な、複雑な表情をして私の方を見ていた。

その夜は額に唇の触れる感触がして、次の夜は頬に感じた。これは、ラインハルトさまが私を、その、好きだと言うことだろうか?なにか特別な感情を抱いているということだろうか?・・・・・・私は自分にいい方へ、解釈しようとしているのかもしれない・・・・・・。

私は長い事、アンネローゼさまに憧れ、ラインハルトさまを自分の心に唯一の人と想ってきた。でもその想いは次第に濁り始め、決して同性の相手には、抱いてはいけないものに成長した。この想いは誰にも気付かれてはならない、と押さえ込んできたのに、こんなことされたらせっかく押さえ込もうとした想いが、出てきてしまうではありませんか。

それに・・・・・・ラインハルトさまが私と同じ想いでいるのかと勘違いしてしまう・・・・・・今夜、きっとあなたはここへいらっしゃるでしょう。私は今夜も気付かない振りが出来るかどうか、自信がありません。

ラインハルトさま、私はこの体が・・・想いが生殺しにされているみたいで、結構つらいものなのですよ・・・・・・今夜は気付いても許してくださいますか?少しだけなら、応えても許してくださいますか?私のラインハルトさま・・・・・・

寝室に入って、もう2時間経つ……そろそろ、キルヒアイスは眠っただろうか。

ラインハルトは、ベットの端に腰掛けて時計を見ていた。

キルヒアイス……姉上にあんな表情して……今に始まったことじゃないけど、お前のあんな表情を見るのが俺はつらい。胸の辺りがズキズキと、何か尖ったもので刺されているみたいに痛む。

年々この痛みが増すのはなぜなんだろう。それほどキルヒアイスが好きってことなのか?このまま武勲を重ねて行けば、姉上をこの手に取り戻すのも、そう遠いことじゃないだろう。でも、いざ取り戻したならキルヒアイスは……そのとき俺は笑って祝福できるだろうか…自信ないな……と言うよりは想像もつかない。

だからこそ、それまでの間、せめてキルヒアイスが眠って記憶が無い間だけでも、俺はキルヒアイスを独占したい。そうでもしないと、満たされないこの想いが、体の中に充満して耐えられなくなる。

なあ、キルヒアイス。姉上を見るあの表情で俺の方も見てくれよ……キルヒアイス……

ラインハルトは、弾かれたようにベットから立ち上がると、ふらふらと廊下に出た。暗闇に慣れた目でキルヒアイスの寝室のドアを確認すると、吸い寄せられるように扉に近づいた。

そっとドアに耳を当てて澄ます……音は全くしない……ドアの隙間から漏れる光もない……

ラインハルトはキルヒアイスが完全に眠りについたことを確認した。

この扉の向こうにキルヒアイスがいる……そう思った瞬間、彼は鼓動が激しくなるのを感じた。

ドアを開けようとノブへ手を伸ばす。伸ばされた手は、小刻みに震えてノブに当たり、小さい音を出した。

驚いて反射的に手を引くと、もう一方の手で震えを止めるように握った。寒くもないのに、震える手に息を吹きかけて、震えが止まりますようにと、額にあてて祈った。

何度が小さく深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻すと、立ちはだかるドアを見た。

もしかしたら、さっきのノブの音で気が付いたかもしれない……ラインハルトは急に不安になった。

もう一度確認しなければ……。

矛盾している事は自分でも分かっている。もし、眠ったままならこの音で目が覚めませんように、と祈りながら小さくノックした。

コンコン。

小さくノックの音が響く。その音は、気付かれるのを望まない音であり、眠りの淵にあることを確認するような微妙な響きだった。しばらくして、躊躇いがちにドアが開く音がする。忍ばせた足音が少しずつ近づいてくる。

「キルヒアイス、寝ているのか?・・・・・・キルヒアイス?」

ああ、やっぱり何時もの通り、私が眠っているか確認している。もう少しこのままにしていたら、きっと頬に触れてくるはず。

「……キルヒアイス」

……来る。

ラインハルトさまの顔が近づいてくるけはいがする・・・・・・!

それはキルヒアイスにとって、思いがけない場所への接触だった。やわらかい唇が自分の唇に触れた瞬間、キルヒアイスは反射的に、離れようとするラインハルトの頭と肩を掴んだ。

唇が触れ合ったまま、ラインハルトは驚いて閉じていた瞳を開いた。すると目の前に自分を見つめる青い瞳とぶつかった。離れることを許さない彼の力に、ラインハルトは急速に自分の体から、力が抜けていくのを感じた。観念したように瞳を閉じて、体を彼に預けた。

抵抗するラインハルトの力が弱まると、キルヒアイスは押さえていた頭の手をどけた。触れ合っていた唇が離れ、ラインハルトはこの場から逃げようと、体を起こしかけた。

キルヒアイスが肩を掴んでいた手に力を込めて、それを阻止すると、逆に自分の方へグイと引いた。

ラインハルトがよろけて、横たわるキルヒアイスの胸に倒れ込んだ。上掛け一枚隔てて、二人は重なりあっていた。しばらく沈黙が続く。

「きっと、今夜いらっしゃると思っていました」

先にキルヒアイスが口を開いた。

「ラインハルトさま・・・・・・こんな事されると、私もつらいのです」

瞬間ラインハルトがビクッと体を振るわせ、またキルヒアイスから逃れようと、体を起こした。キルヒアイスは素早く上掛けを跳ね除けると、逃れようと立ち上がったラインハルトの手を掴んだ。

カーテンの隙間から差し込む月明かりに、ラインハルトの綺麗な金髪が照らされる。

「逃げないでください」

ラインハルトがキッとキルヒアイスの方を振り返った。

「今、つらいって言ったじゃないか!」

振り返ったラインハルトの瞳に光るものを見て、キルヒアイスは驚いた。ラインハルトの手を掴んだまま立ち上がると、力強く自分の方へ引き寄せて抱きしめた。

「つらいって……私だって、気付かない振りを続けて……まるで生殺しにされてるみたいじゃないですか。私だって、あなたの髪に触れたいし……キスだってしたい。それなのに気付くことすら許してくれない……結構、限界なんです……自分を抑えるのも」

キルヒアイスにそう言われて、ラインハルトは急速に体から力が抜けていくのを感じた。

「どうして、アンネローゼさまに会った日ばかりなのです?」

「どうしてって、それは……」

恥ずかしさのあまりラインハルトは口籠って俯いた。

「ラインハルトさま。……私は貴方にこんな風にされると、勘違いしてしまいそうです。その、貴方が私のことを好きでいてくれるんじゃないかと……友情とか、そういうのではなくて……」

ラインハルトは、キルヒアイスの告白を聞きながら、我が耳を疑うような気持ちでいた。と同時に、心の底に崩れさっていた、僅かな期待が再び生まれるのを感じた。

キルヒアイスの胸に抱かれて、キルヒアイスの匂いを胸いっぱいに感じながら、ラインハルトはそっと顔を上げた。目を閉じて、真剣に話すキルヒアイスのやさしい顔が見える。急にその顔に触れてみたくて、自由な方の手をキルヒアイスの頬に伸ばした。

驚いたキルヒアイスが目を開けて、透き通るような青い目でラインハルトを捉えた。

「……キルヒアイス、もっとはっきり言ってくれ」

添えられたラインハルトの手に、自分の頬を押し付けて目を閉じると、そっとラインハルトの手のひらにキスをした。

「私は、貴方が……ラインハルトさまが好きなんです」

「そんなんじゃなくて……言って」

瞼がゆっくり開いて、青い瞳が再びラインハルトを捉へ、まっすぐに射るようにラインハルトに向けられる。

「……愛しています」

「キルヒアイス……」

頬に添えた手をキルヒアイスの首にまわすと、ラインハルトは自分からキルヒアイスにキスをした。

「キルヒアイス、俺も……お前を愛してる」

キルヒアイスは拘束していたラインハルトの手を解くと、両手をラインハルトの背にまわして、強く抱き寄せた。今までもどかしかった程の想いを一気に浄化するように、二人は舌を絡めあって長い長いキスをした。

今、このまま離れると、夢で終わるような気がして、なかなか離れることが出来ず、お互いの存在を夢に奪われないよう、手を繋いだままでいた。

「今夜は一緒に寝ますか?狭いでしょうけど」

手を繋いだままキルヒアイスが微笑んで言った。

恥ずかしそうに、でも幸せそうにコクンと頷くと、ラインハルトはキルヒアイスに導かれるまま狭いベッドに入った。

「……訊いてもいいですか?……どうして言って下さらなかったのです?それに、どうしてアンネローゼさまに会った日ばかりだったのです?」

「……それは……お前が愛しているのは姉上だと思ってたから……姉上に会うとお前はいつも、もう死んでもいい、てくらい幸せそうな顔をしているし、俺なんて全く蚊帳の外だし……」

ラインハルトの答えに、キルヒアイスは小さく溜息をついた。

まったくこの人は…

「それで、私たちはこんなに遠回りをする羽目になった訳ですか」

「なっ……そういうキルヒアイスこそ、何時から気がついてたんだ?お前の方こそ早く言ってくれれば、こんなに遠回りしなくて済んだんだぞ」

ラインハルトが、むくれたようにキルヒアイスを見上げて抗議した。

「最初から気が付いてましたよ。でも気が付いて機嫌が悪かったのはラインハルトさま、あなたの方ですからね」

狭いベットの中で、まるで子供のころに帰ったように、クスクスと笑いながらふざけ合った。ほんの少し前までの苦しかった思いなど、最初からなかったように幸せな気持ちでいた。こんな夜がいつまでも続けばいいと、お互いが、お互いを占領するように抱き合って、その夜二人は幸せな眠りについた。

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