恐怖 谷崎润一郎

恐怖

谷崎润一郎

我染上那种病,大约是在六月初,住在木屋町,每天饮酒、熬夜前后。虽说在此之前,我在东京时也不止一次有过发病的记忆,但通过禁酒、冷水擦身、服用健脑丸等,好不容易才恢复了。然而到了京都后,又恢复了不规律的生活,结果不知不觉间旧病复发了。

据朋友N先生说,我得的这种病——真的,现在回想起来都觉得厌恶、不愉快、忌讳又荒唐的这种病,可能是一种被称为“Eisenbahnkrankheit(铁道病)”的神经病。虽说叫铁道病,但我所患的这种病,和世间常见的妇人晕车、晕船的那种苦恼和恐惧完全不同。我一上火车,汽笛刚响,车轮刚开始“哐当、哐当”地转动,我体内弥漫的血管脉搏,就像受到强烈酒精刺激一样,一下子向头顶奔腾而去,冷汗不停地从皮肤上冒出来,手脚像被恶寒侵袭般颤抖。要是这时不采取任何应急措施,身体里所有的血都会涌上脖子以上狭窄坚硬的圆形部位——大脑,就像强行吹气的气球一样,说不定什么时候头盖骨就会破裂。即便如此,火车依旧若无其事,充满活力地在铁轨上笔直地飞驰。——仿佛根本不在乎一个人的死活,烟囱像火山喷发般喷出煤烟,发出轰隆隆冷酷大胆的轰鸣声,穿过漆黑的隧道,驶过漫长艰险的铁桥,跨越河流、原野,绕过森林,一刻也不停歇地疾驰。车上的乘客们也都一副悠然自得的样子,有的看报纸,有的抽烟,有的打瞌睡,还有的好奇地看着窗外迅速变换的景色。

“谁来救救我啊!我现在脑充血,快死了。”

我脸色苍白,像临终之人一样急促地呼吸着,在心里这样呼喊着。然后,我冲进洗手间用冷水浇头,或者抓住窗框跺脚,拼命地像疯了一样四处折腾。

有时,我一心只想尽快逃离火车,不知不觉间拳头都敲出血了,还不停地敲打着车厢的镶板,像被关进监狱的犯人一样吵闹起来。最后,甚至差点打开行驶中的车门跳下去,或者下意识地伸手去按紧急报警器。即便如此,我还是好歹坚持到了下一个车站,拖着疲惫的身体从站台走到检票口,那副样子要多可怜有多可怜。一到户外,心跳立刻就平静下来,不安的阴影也一一消散了。

当然,我的这种病并不只在坐火车时发作。电车、汽车、剧场——凡是遇到容易惊吓到神经的强烈刺激的运动、色彩、嘈杂环境,无论何时何地都可能突然发作。不过,电车和剧场里要是觉得害怕,还能马上跑到户外,所以不像坐火车那样会把我推向疯狂的边缘。

我意识到这种病不知不觉又缠上我,是在六月初,在京都的街上坐电车的时候。我决定暂时绝对不坐火车,打算等病自然痊愈后再回东京。于是,我想无论如何都要在京都附近找个不用坐火车就能去的地方,完成这个夏天必须参加的征兵检查。

我一打听,不巧京都附近的检查时间都错过了,但在大阪住友银行的朋友O君的帮忙下,只要在检查前两三天把户籍迁到阪神电车沿线的一个渔村,就能在那里参加检查。我记得那个村子的检查时间是在六月中旬。

要是在兵库县,不坐火车坐电车也能去,比回东京的原籍地方便多了,我为此感到很高兴。于是,在十二号中午左右,我揣着从日本桥区役所取来的户籍誊本和印章,前往五条车站。

那是个盛夏的日子,耀眼的阳光反射在干燥、尘土飞扬的京都街道地面上,晴朗的天空酷热难耐,湛蓝湛蓝的。我坐在车上前往车站,穿着单衣外面套着绉绸短外褂,我感觉到从揉乱的长发根部,像血一样浓稠的汗水顺着脸颊流下来,渗透到衣领周围。从五条桥上远远望去,爱宕山山脚下像熔炉底部涌起的热气般的热浪翻腾着,远处的原野和树林都被雾气笼罩,近处城镇的屋脊、石墙和加茂川的水,色彩浓烈得让人不敢直视,像刚刷上鲜艳的油漆一样刺痛我的眼睛。在售票窗口前停下车时,我想下车,却因为汗湿的裙摆粘在双腿上,差点摔倒。

我安慰自己坐电车没问题……可我那本就紧张的神经,连这酷热的威胁都承受不住了。我买了到天满桥的车票,不管怎样先休息个七八分钟,等神经平静下来再说,我无力地坐在长椅上,茫然地望着大街,像个乞丐一样。

一辆辆电车像关着猛兽的坚固牢笼,又黑又厚,“呜呜”地响着警笛从大阪方向驶来,吐出一群乘客,又载上很多人,然后又向大阪方向驶去。每隔两三分钟就有一辆电车来来去去。我鼓起勇气站起来好几次,但走到检票口时,就像被厄运诅咒一样,双腿发软,心跳加剧,又摇摇晃晃地回到了原来的长椅上。

“先生,车准备好了。”

“我在等人,要去大阪。”

我嘴上这么说着,把车夫打发走,还是一直坐在那里。我回答“要去大阪”,不知为何,在我听来就像在说“我马上就要死了”。就像《罪与罚》里的斯维德里盖洛夫,大喊着“If any one should ask you, say I've gone to America!”,然后立刻把枪抵在右太阳穴自杀了。要是我也说“我要去大阪”,然后突然两眼一黑晕倒在这里,那个车夫会有多惊讶啊。

我看了看表,已经一点了。我不知道村公所是三点还是四点关门,但无论如何今天必须把手续办完,否则就没法参加检查了。我可不能辜负朋友的一番好意。我突然想到一个办法,就到附近的洋酒屋买了一小瓶苏格兰威士忌。然后,我靠在长椅上,开始“咕噜、咕噜”地喝起来。

我一直迷信地认为,凭借以往的经验,用酒的力量暂时麻痹神经,就能消除大部分恐惧。我想,要是喝得酩酊大醉,糊里糊涂地上了电车,说不定就能分散注意力,平安到达大阪。

不自然、强制性的酒精醉意逐渐渗透到我肥胖的身体里。我静静地坐在那里,能明显感觉到疯狂的醉意正在侵蚀我的灵魂,让我的感官麻木。我睁着呆滞、慵懒的眼睛,凝视着热闹、明亮的街道上各种嘈杂的声音和闪烁的光线。

在五条桥边来来往往的人们,脸上都汗流浃背,红通通的,像糖稀做的东西一样快要融化崩塌。穿着绉绸、明石绸等各种轻薄衣衫的年轻美丽的女子,丰满的肉体都在诉说着难耐的暑热,像猪的身体一样浮肿。汗……数不清的人的汗水,不断地散发到闷热的空气中,弥漫在周围,似乎每一面墙、每一块木板上都粘乎乎的。——“街上弥漫着汗的雾气。”——说不定哪个颓废派诗人会这么写。……

就像电影幕布起了褶皱一样,街道的景象时而扭曲、凹陷、模糊、重影,映在我的眼中。“我已经醉得什么都不知道了。”这句话成了我给自己打气、让自己大胆起来的唯一依靠。

我终于下定决心上电车,为了防止途中醒酒,又买了一瓶威士忌。然后,为了以防万一被恐惧侵袭,我还买了一块冰,用手帕包了两层。

就这样,我在人群中挤来挤去,好不容易被推到了检票口,剪了票,刚走到站台,就发现厄运又在那里等着我。看到那辆喘着粗气、傲然准备出发的电车,我的神经瞬间被酒精的醉意刺激得错乱起来,像针一样敏锐的神经颤抖起来。同时,一种难以形容的恐惧涌上全身,让我坐立不安,仿佛灵魂被撕裂,随时可能发疯或晕倒,我不禁猛地跳了起来。

“喂,我刚剪了票,但我还有人要等,我等下一班车。”

我对旁边的男人这样解释着,把冰袋敷在额头上,逆着人群,慌慌张张地像被恶魔追赶一样逃出了站台。然后,我一屁股瘫倒在长椅上,好不容易才让自己平静下来。说不定有人在背后指指点点,嘲笑我的狼狈样子。……

“不该是这样的。只要喝醉了,应该能骗过神经,悄悄混过去的,今天到底是怎么了。说不定,我的神经已经病到连酒的力量都无法麻痹的程度了。”

已经两点了。再这么磨蹭下去,就算到了三点、四点,也到不了目的地。要是错过这次机会,我就必须在最近赶在原籍地的检查日期前回东京。

“我一坐火车就会发疯或者死掉,实在没办法在检查前赶回东京。”

要是我给区役所负责征兵的人写这样一封信,会怎么样呢?他们会说“就算死了或者疯了也没关系,一定要在检查前赶回来”吗?要是那样,我甚至会赌气坐火车回去,就算疯了也要回去。

“你们看,就是因为你们逼人太甚,我才变成这样疯疯癫癫的。这不是假的,我真的疯了!”

我想哭着这样喊着,在检查那天大闹一场。

到时候,现场的军医会说什么呢?

“哎呀,你回来得真好。就算疯了也要赶回来,你真是个尽忠职守、让人佩服的人。”

他会这么挖苦我吧。

“不,你回来了就好。你甚至都快疯了还能回来。你是个对义务忠诚、令人钦佩的人。”

他会用这种冷嘲热讽的言辞来夸奖我吗?

我一边还在大口喝着威士忌,一边拉扯着毫无意义的联想之线,脑海中浮现出一个个荒唐的念头,时而独自发笑,时而发怒,时而焦虑,时而烦躁。

实际上认真思考一下,除了死、疯掉、暂时不回东京这三条路之外,似乎暂时没有别的办法了。如果不想死,也不想疯,那就无论如何都要排除万难,立刻毫不犹豫地出发去大阪。

但是,如果去不了大阪,在电车上晕倒了怎么办……

“唉”

我深深地叹了口气,愤恨地盯着电车的影子,从长椅上站了起来。要么索性去先斗町痛痛快快地玩一场,要么再在这里忍耐一会儿,等心情平静下来再说。天色渐渐暗下来,到了晚上,夜深了,直到末班车开走,如果一直蹲在这里,最后还是没能达成心愿,空空地回到木屋町,说不定反而能死心,让自己好受些。

“哟,T 先生,您这是要去哪儿啊?”

听到有人跟我搭话,我回头一看,原来是朋友 K 先生。他长脸,五官清秀,只是把前面的头发整齐地分开,随意地戴着一顶巴拿马帽,穿着白色的布袜,趿拉着木屐,穿着一身轻松的衣服。我像犯了罪被人发现一样吓了一跳,

“去趟大阪……”

我含糊地回答着,挤出一个不自然的笑容。

“啊,这样啊,是之前说的征兵的事吧……”

K 先生立刻明白了,

“我今天也有事,要去伏见。这可真是太巧了。我陪您一段吧。”

“嗯”

“给您介绍一下,这是我的朋友 A 先生……”

说着,K 先生不管三七二十一,介绍了他同行的男子——一个皮肤白皙、有点小胖、很可爱、留着八字胡、二十三岁左右的医生。

“来吧,咱们上车吧。您先请。”

“嗯,谢谢”

我还是有些不自在地打了个招呼,在 K 先生的再三劝说下,像被拖着似的,慢慢靠近那辆可怕的电车。

“来吧,来吧,您先请。”

K 先生不停地说着,双手推着我的腰。

“那我就不客气了。”

我一咬牙,闭上眼睛,轻轻跨过了车门。进了车厢,我立刻抓住吊环,又喝了一口威士忌。(比起坐着,还是抓着吊环,感觉命运的枷锁能稍微松一点。)

“您可真能喝啊。看来您很能喝酒啊。”

A 先生说道。

“我讨厌坐电车,不喝点酒喝醉,就难受得要命。”

我对医生解释,这理由听起来有点牵强。

“哐当”一声,汽笛响了,电车开动了。

“我这是要死了吗?”

我在心里嘀咕着。我觉得自己此刻的心情,一定和被送上断头台的死刑犯一样。

“A 先生,您觉得 T 先生体检能合格吗?”

K 先生问道。

“是啊。您很可能会被选中呢。毕竟您长得胖乎乎的,体格很棒啊。”

车窗两边,京都的市区渐渐远去,郊外的绿叶、树木、行人、山丘飞快地掠过。这时,我心里终于萌生出一丝希望,说不定能平安到达大阪。

恐怖

谷崎潤一郎

私があの病気に取り憑かれたのは、何でも六月の初め、木屋町きやまちに宿泊して、毎日のように飲酒と夜更かしとを続けて居た前後であった。―――尤も其の以前、東京に居る頃も一度ならず襲われた覚えはあるが、禁酒をしたり、冷水摩擦をしたり、健脳丸けんのうがんを呑んだりしてやっとこさと恢復し切って居たのだ。それが京都へ来てから、再び不秩序な生活に逆戻りした結果、知らず識らずブリ返して了ったのである。

友達のN―――さんの話に依ると、私の此の病気―――ほんとうに今想い出しても嫌な、不愉快な、そうして忌ま忌ましい、馬鹿々々しい此の病気は、Eisenbahnkrankheit(鉄道病)と名づける神経病の一種だろうと云う。鉄道病と云っても、私の取り憑かれた奴は、よく世間の婦人にあるような、船ふね車くるまの酔えいとか眩暈めまいとか云うのとは、全く異なった苦悩と恐怖とを感ずるのである。汽車へ乗り込むや否や、ピーと汽笛が鳴って車輪ががたん、がたんと動き出すか出さないうちに、私の体からだ中に瀰漫びまんして居る血管の脈搏みゃくはくは、さながら強烈なアルコールの刺戟を受けた時の如く、一挙に脳天へ向って奔騰し始め、冷汗がだくだくと肌に湧いて、手足が悪寒おかんに襲われたように顫えて来る。若し其の時に何等か応急の手あてを施さなければ、血が、体中の総ての血が、悉く頸から上の狭い堅い圓い部分―――脳髄へ充満して来て、無理に息を吹き込んだ風船玉のように、いつ何時なんどき頭蓋骨が破裂しないとも限らない。そうなっても、汽車は一向平気で、素晴らしい活力を以て、鉄路の上を真ッしぐらに走って行く。―――人間一人の命なんかどうなっても構わないと云うように、煙突から噴火山のような煤煙を爆発させ、轟々ごう/\と冷酷な豪胆な呻りを挙げて、真暗なトンネルをくゞったり、長い長い剣難けんのんな鉄橋を渡ったり、川を越え野を跨またぎ森を繞めぐりながら、一刻の猶豫もなく走って行く。乗合いの客達も、至極のんきな風をして、新聞を読み、煙草を吹かし、うたゝ寝を貪り、又は珍らしそうに眼まぐるしく展開して行く室外の景色を眺めて居る。

「誰れか己を助けてくれエ! 己は今脳充血をおこして死にそうなんだ。」

私は蒼い顔をして、断末魔だんまつまのような忙せわしない息遣いきづかいをしつゝ、心の中でこう叫んで見る。そうして、洗面所へ駈け込んで頭から冷水を浴びせるやら、窓枠にしがみ着いて地団太じだんだを蹈むやら、一生懸命に死に物狂いに暴れ廻る。

どうかすると、少しも早く汽車を逃れ出たい一心で、拳固から血の出るのも知らずに車室の羽目板をどんどん叩きつけ、牢獄へ打ぶち込こまれた罪人のように騒ぎ出す。果ては、アワヤ進行中の扉を開けて飛び降りをしそうになったり、夢中で非常報知器へ手をかけそうになったりする。それでも、どうにか斯うにか次ぎの停車場まで持ち堪こたえて、這々ほう/\の体ていでプラットフォームから改札口へ歩いて行く自分の姿の哀れさみじめさ。戸外へ出れば、おかしい程即座に動悸が静まって、不安の影が一枚一枚と剥がされて了う。

私の此の病気は、勿論汽車へ乗って居る時ばかりとは限らない。電車、自動車、劇場―――凡て、物に驚き易くなった神経を脅迫するに足る刺戟の強い運動、色彩、雑沓に遭遇すれば、いついかなる処でも突発するのを常とした。しかし、電車だの劇場だのは、恐ろしくなると直すぐに戸外へ逃げ出す事が出来るだけ、それだけ汽車程自分を Madness の境界きょうがいへ導きはしなかった。

其の病気が、いつの間にか自分の体へブリ返して居る事を心付いたのは、六月の初め、京都の街の電車に揺られた時であった。私は当分、汽車へ乗る事を絶対に断念して、病気の自然に治癒する迄、東京へは帰れないとあきらめて了った。そうして、是非共此の夏中に受けなければならない徴兵検査ちょうへいけんさを、何処か京都の近在で、汽車へ乗らないでも済む所で受けたいものだと思った。

調べて見ると生憎あいにく京都の近所はみんな時期が遅れて間に合わなかったが、大阪の住友銀行の友人O君の盡力で、阪神電車の沿道にある一漁村へ、検査の二三日前迄に籍を移せば、其処で受けられる事になった。其の村の検査日は何でも六月の中旬であったと覚えて居る。

兵庫県下なら、汽車へ乗らずとも電車で行けるから、東京の原籍地へ戻るよりはいくらか増ましだと私は喜んだ。で、丁度月の十二日の午ひるごろ、日本橋の区役所から取り寄せた戸籍謄本と実印とを懐ふところにして、五条の停車場へ行った。

真夏らしい日光がきらきらと、乾燥した、埃ほこりの多い京都の街の地面に反射し、晴れた空が毒々しく油切って、濃い藍色を湛えて居る日であった。俥へ乗って停車場へ赴おもむく途中、お召の単衣ひとえに絽ろの羽織を重ねて居る私は、髪の毛の長く伸びた揉み上げの辺から、べっとりした血のような汗が頬を流れ落ちて、襟の周囲へにじみ込むのを覚えた。五条の橋から遥に愛宕山あたごやまを望むと、恰も熔鉱炉の底から煽り上る熱気に似た陽炎かげろうが麓に打ち煙って、遠くの野や林はもやもやと霞に曇り、近い町々の甍いらかや石垣や加茂川の水は、正視するに忍びない程、クッキリした、強い色彩に染そめられて、生々しいペンキ塗りの如く私の瞳孔を刺した。切符売場の前で梶棒かじぼうを据えられた時、私は俥から下りようとして、着物の裾が汗ばんだ両脛りょうはぎへ粘り着いた為めに、危く脚を縛られて倒れそうになった。

電車ならば大丈夫………こう信じて、無理やりに安心しようと努めて居た私の神経は、もう此の暑熱の威嚇いかくにさえ堪えられなくなって居たのであった。天満橋てんまばしまでの切符を買ったものゝ、兎に角七八分休息した上、神経の鎮静するのを待とうと思って、力なくベンチへ腰を掛けたまゝ、私はぼんやりと、乞食こじきのように大道を眺めて居た。

電車が、市街の其れよりはもっと頑丈な、猛獣を容れる檻おりの如く暗黒に分厚ぶあつに造られた電車が、何台も何台もぶうッ、ぶうッと警笛を鳴らしつゝ大阪の方から走って来て沢山の乗客を吐き出して、入れ代りに多勢の人数を積み込むと、再び大阪の方へ引き返して行く。二三分置きに次から次へと、幾回も発着する。私は勇を鼓こして何度も立ち上ったが、改札口の処まで行くと、恐ろしい運命に呪われた如く足が竦すくんで、動悸が激しくなって、又よろよろと元のベンチへ戻って来た。

「旦那、俥はいかゞでございます。」

「ナニいゝんだ。己は人を待ち合せて、大阪へ行くんだから。」

こんな事を云って、車夫を追拂いながら矢張りいつまでも腰を掛けて居た。「大阪へ行くんだから。」と答えたのが、自分には何だか、「もう直じき死ぬんだから。」と云うように響いた。“If any one should ask you, say I've gone to America!”こう叫んで、言下に右の蟀谷こめかみへピストルをあてゝ自殺をした『罪と罰』の中の Svidrigailoff のように、「私は大阪へ行くんだから。」と云って、忽ち眼を舞わして此の場へ悶絶したら、あの車夫はどんなに吃驚びっくりするだろう。

時計を見ると彼れこれ一時である。村役場の引けるのは三時か四時か知らぬが、どうしても今日中に手続きを済まして置かなければ、検査を受ける訳に行かない。折角友人に奔走して貰った親切を無にしなければならない。私はふと一策を案じ出して近所の洋酒屋からスコッチ、ウイスキーのポケット入りの壜を購かった。そうして、ベンチへ凭もたれながら、其れをグビリ、グビリと飲み始めた。

酒の力で神経を一時麻痺させれば、大概の恐怖は取り除かれると云う事を、私は此れ迄の自己の経験に依って、迷信的に信じて居た。一番ぐでん、ぐでんに酔拂よっぱらった揚句、前後不覚になって電車へ乗り込んだら、どうにかした拍子に気が紛れて大阪まで無事に行けるだろうと思ったのである。

不自然な、強制的なアルコールの酔えいが次第次第に肥え太った私の肉体へ浸潤して来た。じっと大人しく腰掛けて居ながら、気違いじみた酩酊が立派に魂を腐らせて行き、官能を痺しびれさせて行くのが、自分でもよく判るように感ぜられた。私はいつかとろんとした、慵ものうげな眼を見張って、賑かな、明るい往来の、種々雑多な音響と光線の動揺を凝視して居た。

五条橋の袂を、西東から行き交う人々の顔が、みんな汗にうじゃじゃけて、赤く火照ほてって、飴細工の如く溶けて壊くずれ出しそうに見えた。絽縮緬ろちりめんや、明石あかしや、いろいろの羅衣うすものにいたわられて居る若い美しい女達のむくむくした肉が、一様にやるせない暑さを訴えて、豚の体のようにふやけて居るのを見た。汗………夥おびたゞしい人間の汗が、蒸し蒸しゝた空気の中へ絶えず発散して其処辺そこいら一面に漂い、到る所の壁だの板だのにべとべととこびり着いて居るらしかった。―――「街には汗の靄が立って居る。」―――と、誰か、デカダンの詩人が歌いそうだ。………

活動写真の布カンバスへ皺が寄るように、時々、街路の光景が歪んだり、凹へこんだり、ぼやけたり、二重になったりして、瞳に映った。「もう己は何も判らない程酔って居るのだ。」と云う事が、自分の気を強くさせ、大胆にさせる唯一ゆいいつの手頼たよりであった。

私はいよ/\電車へ乗る可く決心して、途中で酔の覚めないようにもう一本ウイスキーを購かった。それから、萬一、萬々一例の恐怖に襲撃された時の要心に、頭を冷す為めの氷のブッカキを買って、其れをハンケチへ二重に包んだ。

こんなにして、上り降りの群衆に揉まれながら、辛からくも改札口まで押し出されて行った私は、切符に鋏を入れて貰らって、プラットフォームへ漕ぎ着けるや否や、再び其処に呪われた運命が待伏まちぶせして居たのを発見した。ぶうッ、ぶうッ、ぶうッ、物凄い鼻息を打ぶっかけて、傲然と出発の用意を整えて居る車台を見ると私の神経は、アルコールの酔を滅茶々々に蹈みにじり、針のような鋭敏な頭を擡げて顫え戦おのゝき出した。同時に居ても立っても溜らないような、一遍に魂を引裂いて発狂か卒倒の谷底へ突き落し兼ねないような、どえらい恐怖が五体に充満して来たので、私は思わずハッと躍り上った。

「君、君、僕は今切符を切って貰ったんだが、少し待ち合わせる人があるから、此のあとへ乗るんだ。」

掛りの男にこう断ことわると、例の氷包こおりづゝみを額へあてながら、私は遮二無二しゃにむに人ごみの流れに逆って、周章狼狽しゅうしょうろうばいして、悪魔に追わるゝ如く構外へ逃げ延びた。そうして、ベンチへどたりと崩れて、漸く胸を撫で下した。何処かで後指うしろゆびを差して自分の様子をゲラゲラ嗤わらって見て居る奴があるかも知れん。………

「こんな筈ではなかった。酔ってさえ居れば、何とか神経の眼を盗んで、そうッと胡魔化して行ける筈だのに、一体今日はどうしたんだろう。事に依ると、己の神経はモウ酒の力でも麻痺されないほど病的に興奮して来るのではあるまいか。」

とう/\二時になった。此の上一分でもグズグズして居たら、三時は愚か四時になっても、目的地へ到着出来そうもない。若し此の機会を逸して了えば、どうしても最近に原籍地の検査日までに、東京へ帰らなければならない。

「私は汽車へ乗ると、気違いになるか、死ぬかしますから、検査までにはとても東京へ行かれません。」

こんな理由を、区役所の兵事掛へいじがゝりへ書いて送ったら、どうするだろう。「死んでも、気違いになってもいゝから、是非検査までに帰って来い。」と云うだろうか。そうなれば、意地にも汽車へ乗って、気違いになって帰ってやりたいような気もする。

「そら御覧なさい、君達があんまり無理を云うもんだから、僕は此の通り気違いになったぜ。嘘じゃない、ほんとうに気が違っちまったんだ!」

こう云って、泣きッ面をして、検査の当日に暴れ込んでやりたい。

其の時、臨場の軍医は何と云うか知らん。

「いや、よく帰って来た。よく気違いになってまで帰って来た。お前は義務に忠実な、感心な人間だ。」

と、冷やかな弁舌で褒めてくれるだろうか。

私は尚もウイスキーを呷あおりながら、愚にもつかない連想の糸を手繰たぐって、其れから其れへと馬鹿々々しい考えを頭に浮べ、独りで笑ったり、怒ったり、業ごうを煮やしたり、いまいましがったりした。

実際真面目に思案して見て、死ぬか、狂うか、当分東京へ戻らずに居るか、此の三つ以外に差しあたっての道はないようであった。死ぬのが嫌なら、狂うのが嫌なら、どうしても萬難を排して、即刻一瞬の猶豫もなく、大阪へ出発しなければならない。

けれども若し、大阪へ行かれないで、電車の中で卒倒するような事があったら………

「あゝ」

私は深い溜め息をついて、恨めしそうに電車の影を睨みながら、ベンチから立ち上った。一層いっその事、やぶれかぶれに先斗町ぽんとちょうへでも遊びに行こうか、それとも、もう少し此処に辛抱して、気分の静まる折を待って居ようか。だんだん日が暮れて、晩になって、夜が更け渡って、最終の電車が出て了うまで、つくねんと蹲踞うずくまった揚句やっぱり望みを達せずに、空しく木屋町へ戻る事になったら、却ってあきらめが着いてせいせいするだろう。

「や、Tさん、此れから孰方どちらへお出掛けです。」

声をかけられて振り返ると、其れは友人のK氏であった。面長おもながの冴え冴えした目鼻立めはなだちに、きれいな髪の毛を前の方だけきちんと分けて、パナマ帽を心持ち阿弥陀あみだに冠り、白足袋を穿き雪駄をつッかけて、なか/\軽快な服装をして居る。私は、何か犯罪が露顕した如くギョッとして、

「ちょいと大阪まで………」

と、口籠るように答えて、にやにやと変てこな笑い方をした。

「あ、そうですか、いつかお話しの徴兵の事で………」

K氏は直ぐに合点がてんして、

「わたくしも今日こんにち用事があって、伏見まで参ります。そりゃ丁度よい所でしたな。御一緒に中途までお供しましょう。」

「えゝ」

「Tさんに御紹介します。此れは私の友人のAさんで………」

と云いながら、K氏は委細構わず自分の伴れの男―――色白の小太りに太った可愛らしい、八字鬚を生やした、三十二三のドクトルを紹介した。

「さあ、そろ/\乗ろうじゃありませんか。どうぞお先へ。」

「えゝ、ありがと」

私は依然煮え切らない挨拶をして、其の癖K氏に勧められるまゝずる/\と引き擦られるように、あの恐ろしい、物凄い、電車の傍へ近寄って行った。

「さあ、さあ、どうぞお先へ。」

K氏は何度もこう云って、両手で私の腰を煽るようにした。

「それでは、御免蒙ります。」

思い切って、眼を潰って、私はひらりと昇降口を跨いだ。そうして、室内へ入ると即座に吊り革へぶら下って、ウイスキーの喇叭ラッパ飲みをやった。(腰をかけて了うよりは、まだ吊り革にぶら下って居る方が、いくらか運命の手を弛められて居るように感じるのだ。)

「どうもお盛んですな。餘程御酒を召し上ると見えますな。」

と、Aさんが云った。

「ナニ僕は電車が嫌いですから、酒に酔ってゞも居ないと、気持が悪くなって仕様がないんです。」

私は、医者に話をするとしては、少し理窟が立たぬような弁解をした。

カオーッと笛が鳴って、電車がとう/\走り出した。

「いよ/\己は死ぬのかな。」

と、私は心の中で呟いた。断頭台へ載せられる死刑囚の気持も、此れと同じに違いないと思った。

「Aさんどうです、Tさんは検査に合格しますか知ら。」

K氏がこんな質問をする。

「そうですなあ。あなたは取られそうですなあ。何しろむくむく太って居て、立派な体格ですからなあ。」

左右の窓には、京都の市街が盡きて、郊外の青葉や、樹木や、往還や、丘陵がどんどん走って居た。ひょッとしたら、無事に大阪へ着けるかも知れないと云う安心が、其の時漸く私の胸に芽ざした。

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