南方 田畑修一郎

南方

田畑修一郎  (たばたしゅういちろ)

生年: 1903-09-02

没年: 1943-07-23

来到岛上快一个月了,这里的风太大了。到达的第一天,从滨边爬上断崖的陡坡,沿着榛树疏林、山茶花林间的小路,跟着一头驮着行李的大牛走到神着村的部落时,附近的树林、田地里的灌木等争相发出新芽。看到喷涌而出,又看到道路忽上忽下,走到某个耕地的斜坡旁时,看到斜坡一带,甚至连上方平缓的休火山的半山腰都笼罩着烟雾般的淡绿色于是,我感觉自己仿佛穿越了一两个月,突然跳进了春天的正中央。在寒风凛冽的灵岸岛等待汽船开船是昨天晚上的事。

但是,第三天起风了。还有雨。多么强劲的风啊。岛上的人看到树木摇动,马上就会猜测是西风或习风,但我不知道是从哪里吹来的。感觉像是从四面八方吹来的。没有灰尘是它的优点,但也含有盐分。海边的大部分地方都是断崖,还没那么古老的熔岩,乌黑的熔岩在悬崖峭壁上耸立,堆积成一块块岩块。海浪拍打着那个大房间,飞沫、飞沫、吹起,大雾般的潮烟顺着崖壁跑上,雾蒙蒙地爬上这广阔的斜坡。耕地里的草席、榛树的新芽等不断受到海潮的烟雾冲击,叶子变成红褐色,就像烫着的烙铁一样卷曲着。风怎么也停不下来。一整天都是同样的强度,连续吹了两三天。简直就像要在天空中央挖个洞一样。

风过后,会有一两天平静的日子。这是多么明亮的倦怠和令人恍惚的空气啊。树木的嫩芽恢复了生机,开始变得艳丽。山鸠发出坚硬的振翅声,笔直地从一片树林飞到另一片树林。黄莺、赤原、啄木鸟和其他各种不知名的小鸟鸣叫着,在山茶花茂密的树丛中,在微暗的竹林中飞来飞去。山坡上的放牧牛,有的朝高手,有的朝下方,有的朝旁边,慢吞吞地移动着,那黑白相间的躯体给人一种鲜明的清醒印象。所以,不管离得多远的牛,只要一看到它一动不动地蹲在树林里,马上就能看到。而且看起来大得吓人。

看到这样的日子,我搬到了离神着村四里远的阿古村。然后又是风。不久雨就来了。在紧闭门窗的昏暗房间里,剧烈的声响从四面八方涌来,时而发出遥远的沉沉的沉沉的声音,那声音在可怕的压力下倍增雨声,落在防雨窗外的铁皮屋顶上看。想什么想做什么都没用。声音渗透到身体的各个角落。还有那沉闷的、令人瑟瑟发抖的远处的风发出的低吟。习惯那个终究是不可能的。永久的威胁。风向立刻变了。这时,水又从北面吹来,突然灌进屋子的土间。土间就像一条小河。拆掉之前挡住南侧缝隙的木板,这次让水从那里流到户外。啊,吹吧吹吧。吹啊吹,吹得什么都毁了。

没有风。牛鸣从树林那边传来。在与我所在的房间相对的角落里,有一家制造黄油的作坊,里面的分离器发出遥远的嗡嗡声。我从牛棚前走过,百无聊赖地望着拴在左侧草地上的一头大种牛高高耸起的肩膀,然后走到海边的悬崖上。悬崖上生长着厚厚的枯草。悬崖边有一条小路。再往前走,就到了宽阔的凸鼻上。一片被熔岩包围的枯草地。我躺在那里抽烟。

 島へ來てもう一月近くになるが、なんて風の吹くところだらう。着いた最初の日、濱邊から斷崖の急坂をのぼつて、榛はんの木の疎林、椿のたち並んだ樹間の路を、神着かみつき村の部落まで荷物をつけた大きな牛の尻について歩いてゆくとき、附近の林、畑地の灌木などが爭つて新芽をふき出してゐるのを見て、又、路が上つたり下つたりして、とある耕作地の斜面のわきに出たとき、その傾斜地一帶、更に上方になだらかな裾を引いてゐる休火山の中腹のあたりまで、煙のやうな淡緑に蔽はれてゐるのを見て、僕は一二ヶ月素通りしていきなり春の眞中にとびこんだやうに感じたものだ。まだ切るやうに冷い風の吹いてゐる靈岸れいがん島で汽船の出るのを待つてゐたのは、つい昨日の晩のことなのだから。

 だが、三日めから風が出た。そして雨。何といふ強い風だらう。島の人は樹木の搖れさわぐのを見て、すぐに西風だとか、ならいの風だとか云ひあてるが、僕にはそれがどこから吹いて來るのかわからない。あらゆる方角から吹き立てて來るやうに思へる。埃のたゝないのが目つけものだが、その代りに鹽分を含んでゐる。海ぎはのたいていの所はいきなり斷崖となつてゐて、まださう古くない熔岩の眞黒いのが切立つてゐたり、ごろごろした岩塊の堆積となつてゐる。そいつに浪が打ちつけ、しぶき、吹き、まるで霧のやうな潮煙りが崖を驅けのぼつて、その廣い傾斜地を濛々と匍ひ上る。耕地の秣まぐさ、榛はんの木の新芽などは潮煙りをしつきりなく浴びるので、葉末が赤茶けて、鏝こてをあてたやうに縮み、捲き上つてゐる。風はなかなかやまない。終日同じ強さで、二日も三日も吹いて吹いて吹き拔ける。まるで、空のまん中に穴をあけようとかかつてゐるかのやうだ。

 風の後、一日か二日穩かな日が來る。何といふ明るい倦怠と恍惚を誘ふ空氣だらう。樹々の芽はやつと勢をとりもどし、艶々としはじめる。山鳩が固い羽音をたてて林から林へと眞すぐにとぶ。鶯、アカハラ、啄木鳥きつつき、そのほか名も知れないいろんな小鳥どもが、啼きかはし、椿の密生した間を、仄暗い藪の中をとびまはり、すり拔ける。山の斜面では放牧牛が、ある奴はずつと高手に、他のある奴は下方に、又横に、のろのろと動いて、その黒と白との斑まだらな胴體が鮮あざやかな目のさめるやうな印象を與へる。だから、どんなに遠くにゐる牛でも、林の中にぢつと蹲うづくまつてゐるのも、すぐに目につく。そしてびつくりするほど大きく見える。

 そんな日をみて、僕は神着村から四里ほどはなれた阿古村に移つた。そしたら又風だ。やがて雨が來る。戸を閉めきつたうす暗い部屋で、はげしい物音が四方から押しよせ、ときどき遠い鈍い底唸りのやうな音がどこともなく起つて、それはやがて恐しい壓力で、雨と音を倍加して、雨戸の外、トタン屋根の上にのしかゝつて來る。何を考へようにも、何をしようとしても無駄だ。身體の隅々まで物音がはいりこんで犇ひしめき合ふ。そしてあの鈍い、身ぶるひを感じさせる遠い風の底唸り。それに慣れることは到底いかない。永い永い脅迫。たちまち風向きが變る。と、今度は北側からふきつけ、急に家の土間へ水が流れこんで來る。土間はまるで小さな川だ。それまで南側の隙間を防いでゐた板をとり除いて、今度はそこから水を戸外へ通り拔けさせる。ああ吹け吹け。吹いて吹いて何もかもぶち壞してしまへ。

 風はやつとないだ。牛の鳴聲が林の向うから聞えて來る。僕のゐる部屋とは反對の端にある、こゝの家のバタ製造の作業場では、分離器をす音が遠い唸り聲をたてる。僕は牛小屋の前を通つて、そこの下手の草地につながれてゐる大きな種牛のむくれ上つた逞ましい肩を飽きず眺めて、それから海邊の崖上に出た。崖の上には枯草が厚く生えたまゝでゐる。崖縁を細い路がついてゐる。それを行くと廣い突鼻とつぱなの上に出た。眞黒い熔岩に縁どられた枯草地。僕はそこに寢ころんで煙草を吸つた。

微风从北方吹来。在南方的海面上,御藏岛的蓝色身影给人一种突兀突起的感觉。那座岛和我所在的三宅岛之间的海面上,潮流形成皱纹,波浪起伏,宽阔地流动着。不久,我改变身体的方向眺望北方。蓝色。一切都是蓝色的。神津岛、式根岛、新比岛隔着一段距离排列着。远处大概是伊豆半岛一带吧,蓝紫色烟雾弥漫,什么也看不见。遥远的颜色。从它的深处生出一朵朵小云朵,有的逐渐靠近头顶又消失,有的在由北向西的海面上缓缓地并排移动。那些云,真是吸引灵魂的家伙。看着看着,我突然被一种意想不到的悲伤所吸引。我想起来了,应该被遗弃在东京的生活,这两年种种毫无意义的痛苦。那只能说是毫无意义。而且,现在还在折磨着我。我觉得无法从中逃脱。

来到岛上以后,我最想的是妻子和孩子。我没打算多想,他还是来了。伴随着沉重的、难以名状的厌恶心情。昨天早上,我做了这样一个梦。我因为某种原因杀了我的孩子。我在梦中明白了。感觉全身都像被刀砍了一样。不知为何,我渐渐明白,我杀的不只是孩子,还有妻子。为什么会变成这样呢,我想。这件事似乎早已在我心中预约好了。不可理解的难以抗拒的压迫,悲哀实在悲哀的心情,使我几乎什么都不懂。这时,我坐在一张异常坚硬的椅子上,眼前有一张廉价小餐馆的桌子,上面放着一个杯子,里面装着咖啡色的红黑色、闪着扑通扑通的光的液体。看到这一幕,我明白了自己杀了孩子和妻子。死去的妻子站在我的斜前方,把苍白扁平的大脸探向我,哭着对我说,你杀了我和孩子。我无言以对。妻子很快把她的脸贴在我脸上,说喝了它。我是多么害怕啊。你把孩子和我都杀了,所以你也会喝它,她又用奇怪的声音说。这是多么令人讨厌、可怕、难以回避的威胁啊。我沉默地望着液体。我看到它的瞬间闪着暗淡的光摇晃起来。她沉默不语,看着我,等待我喝。我一定要喝。我不知道为什么,但我必须喝。我只能喝。我不喜欢。我讨厌得身体都要垮掉了。但是,不愿意是不被允许的。她以前面的形式等待着。一动也不动。那讨厌的眼神。多么可恨的眼神啊。但是,我觉得自己已经不被允许憎恨了。她已经死了。我想起了和她一样即将死去的孩子。受不了,叫也叫不出来的悲伤。再加上我也要死的痛苦,好大、好大,而吉田好大、好大、好大,压住了我。那是很长很长的时间。——然后,我醒了。啊,没有杀孩子。太好了,太好了,我想。接着又想,妻子也没杀,太好了,太好了。

但是,我一时之间无法从沉重的厌恶情绪中摆脱出来。当然,这是唯一的,暂时的。但是,那是我的理性所说的,在别的地方,我绝对不能相信那是暂时的。无法安心。这两年生病的结果,我变成了这个样子。

类似的事情在我身上发生过好几次。我在梦中,在漫长的半睡半醒中看到了许多可怕的事。那时,我们一家靠借钱度日。妻子考虑自己工作,一大早出门,晚上才回来。我没有离开自己的房间。或者说,出不去。昼夜都躺在地板上。而且昼夜都醒着。夜晚很早,白天很长。但是,这种区别对我究竟意味着什么呢?我二六点都没睡着。孩子没有靠近我。几乎不出声地独自玩耍。我感到自己无能为力,感到绝望,一个人放声大哭。我有时搞不清时间这东西,有时感觉它发出很大的声音流淌。身体里总是开着一个又大又黑的洞。曾经占据我内心的东西,曾经确定的东西,曾经渴望的东西,全都消失了,轮廓变得模糊,之后没有任何东西可以代替。

 微風が北方からやつて來る。南方の海上には、海からいきなり立上つて固まつた感じのする御藏みくら島の青い姿が見える。その島と、僕のゐる三宅みやけ島との間の海面には、潮流が皺になつて、波立つて、大きく廣々と流れてゐる。やがて、僕は身體の向きを變へて北方を眺めた。青い。何もかも青い。神津かうづ島、式根しきね島、新にひ島が間を置いて列つらなつてゐる。その彼方には伊豆半島あたりなんだらうが、紫紺色に煙つてゐて何も見えない。遠い遠い色だ。その奧から小さい雲がいくつもいくつも産れて來て、あるものはしだいに大きく頭上に近づきながら消え、あるものは北から西へかけての海上にゆるゆると並んで動いてゆく。なんといふ魂をひきこむ奴等だ、あの雲どもは。それを見てゐるうち、僕は突然思ひがけない悲しみの情に捕へられた。僕は思ひ出したのだ、東京に置き去りにして來た筈の僕の生活を、この二年間のさまざまな無意味な苦しみを。それは無意味といふより仕方のないものだ。そして、今だに僕を苦しめてゐる。僕はそれから逃げ出すことはできないやうな氣がする。

 島へ來てから、僕は妻と子供のことを一番考へるやうになつた。別段考へるつもりはないのにやつて來る。重苦しい、名状しがたい嫌な氣持が伴ふ。昨日の朝も、僕はこんな夢を見た。――僕は何かのわけで僕の子供を殺した。とさう夢の中ではつきり解つてゐた。身體中が刃物で切りまくられてゐるやうに感じた。それから僕が殺したのは子供だけではなく、妻をもであることが何故ともなく解つて來た。どうしてかういふことになつたのだらう、と考へた。そのことはもうとつくに僕の中で豫約されてゐたことのやうに感じられた。不可解な抵抗しがたい壓迫と、悲しい實に悲しい心持が、僕を殆んど何も解らないくらゐにした。するうち、僕は變に堅い椅子に腰かけてゐて、眼の前には安食堂の卓子テーブルみたいな机があり、その上に珈琲コーヒーのやうな色をした、紅黒い、どきどき光る液體の入つてゐるコップが置かれてあつた。それを見てゐると、僕はそれで子供と妻を殺したことがわかつた。すると死んだ筈の妻が僕の斜め前にゐて、白けた大きな扁平な顏を僕の方につき出して、あなたは私と子供を殺したんですよ、と泣きながら言つた。僕は答へることができなかつた。妻はやがて、彼女の顏を僕の顏にすりよせるやうにして、それを飮みなさい、と云つた。僕はどんなに恐こはかつたらう。あなたは子供も私も殺したんだからあなたもそれを飮むのですよ、と彼女は又變な聲で云つた。何といふ嫌な、恐しい、避けがたい脅迫だつたらう。僕は默つて、その液體を眺めてゐた。それは僕が見た瞬間鈍く光つて搖れた。彼女はそれきり默つて、僕を見て、僕が飮むのを待つてゐる。僕はどうしても飮まなければならない。何故かしらないが、飮まなくてはいけない。飮むよりほかはない。僕は嫌だつた。身體がつぶれるほど嫌だつた。だが、嫌といふことは許されない。彼女は前のまゝの形で待つてゐる。身動きもしない。そのいやな眼。なんて憎い眼だらうと思つた。だが、僕にはもう憎むことは許されてゐないのだ、といふ氣がした。彼女はもう死んでゐるのだ。僕は、彼女と同じく死んでいつた子供のことを考へた。たまらない、叫んでも叫びきれないほど悲しい。その上に、僕もまた死ぬのだといふ苦痛が、重たい、重たい、家がくづれかゝつたやうに僕を壓しつけた。それは永い、とても永い時間だつた。――そして、僕は目がさめた。ああ、子供は殺さなかつた。よかつた、よかつた、と思つた。それから、妻も殺したのではなかつた、よかつた、よかつた、と思つた。

 だが、僕はしばらくの間、重苦しい嫌な氣分から脱けることができなかつた。勿論、これはこれつきりのもの、一時的のものだ。だが、それは僕の理性が云ふことで、別のところでは、僕はそれが一時的のものだとは決して信用できない。安心できないのである。この二年間の病氣の結果、僕はさういふ風になつてしまつた。

 僕にはこれに類することが何度か起つた。僕はいろんな恐いことを、夢の中で、永い永い半睡の中で見た。その頃、僕の一家は借金で暮してゐた。妻は自分で働くことを考へついて、朝早く出かけて、夜になつて歸る。僕は自分の部屋から出なかつた。といふより、出られなかつた。ひるも夜も床の上に横はつてゐた。そして、ひるも夜も目ざめてゐた。夜は早くて、ひる間は永かつた。だが、そんな區別が果して僕に何を意味したことだらう。僕は二六時中眠れなかつた。子供は僕のところへよりつかなかつた。そして殆んど聲をたてずに一人で遊んでゐた。僕は自分の無力を感じ、絶望を感じて、一人で聲をたてて泣いた。僕には時間といふものがわからなくなつたり、それが大きい音をたてて流れるのを感じたりした。身體の中にはいつも大きな眞暗な穴が開いてゐた。今まで僕の心を占めてゐたもの、確實であつたもの、望んでゐたもの、それらの悉ことごとくが消えて、輪郭がぼやけて、後には何の代るものがなかつた。

只剩下无意义的、暧昧的、令人难以置信的东西。——我对写那些东西感到困惑。没有正确的、值得补充的词语。而这些发生在我周围的事,发生在我身上的事,又叫什么呢?什么都没有。没有任何意义。我当时相信自己有病,现在连这一点都不相信了。无论是那时还是现在,我都是孤身一人。这是我的真心话,是我的全部。啊,这个孤独是什么,我不想解释。我来岛上之前和朋友聊天,说我是孤家寡人。我以不可能的、滑稽的口吻说。然后,他笑了,我也笑了。但是,我知道两人的笑容是完全不同的。这种事除此之外别无他法。如果真要说,那才真滑稽,真令人不快。但我说我孤独,也还是暂时的,还是没有意义的。那么,在哪里,怎样才有永久的、有意义的东西呢?

我也不知道为什么会想来这片土地。谁知道呢?我觉得一切都很讨厌,很不愉快,也不相信。我的失眠症最近也好多了,但我觉得已经无法恢复到以前的状态了。让我去吧。去哪儿?谁知道去哪儿了。我的妻子现在正在工作,还要抚养她和三个孩子,我一开始也帮了她的忙,但当她的计划开始顺利进行时,我感到一种不可思议的不悦,我无法言喻地打断她的工作。实在是太无聊了。不光是她的工作,所有方便有序的工作,我都觉得难以忍受。不管怎么解释,这其实是发生在我身上的事。让她去吧。我就是我。

出发上岛的两三天前,我去见了妻子以外的另一个女人。不是去开会的。我知道只要去那里就能见到她。我有事要去那里。去借旅费。四年来我没见过她,也避开一切能见到她的机会,绝口不提她的名字。听到那个女人的名字很痛苦。尽管如此,我还是从别人那里听说她结婚生子了。自从不再见面以来,已经有两年了。在那之前和之后,我多么渴望见到她的眼睛,也多么渴望见到她,听到她的声音啊。但是,我没有去。是什么让我拒绝去。和她见面的不幸,我在四年前就已经考虑过了。听说她结婚后,这个决心更加坚定了。啊,多么想去啊。我多么经常想到她啊。她在我的日常生活中,在我的幻想中出现过多少次啊。我不知道那是什么东西。幻想她是我生活的一部分。想到她,我的心不知受到了多大的刺激。但是,那时我不再害怕见到她了。我不知道在我身上发生了什么。迄今为止,我多么希望见到她,又多么害怕见到她啊。我害怕见了面,我就不再是我,也会搅乱她。啊,她必须把她作为毕业生。我是一个不得不对她的生活置身事外的人。

然而,我现在感到那些意义已经脱落了。我毫不犹豫,不假思索地去了。我没有任何期待。就像我有妻子一样,她现在也有丈夫和孩子。我发誓,什么都不期待,什么都不害怕。事到如今还会发生什么?而且,不管发生什么事,她都会动摇,会给她丈夫带来痛苦,那又怎么样呢?我和她丈夫见过几次面。很早以前,他就是我的知己之一。有一次,我和他谈了很久。它带来了一定的影响。他什么都知道。而且,我现在也知道为什么我一直回避和她见面的一切机会。他是一种男人。我喜欢他的某些地方。另外,他身上还有让我焦躁不安的东西。我总觉得包括我在内的这一切都有些滑稽。我想嘲笑他。

她发现我来了,躲了一会儿。至少不愿意出来。她丈夫先开口了。她仿佛原谅了我似的,用爽朗的声音向我打招呼。

“你好。”我打招呼。朝着声音传来的方向。她叫女佣来找我喝茶。我走到她和丈夫家,坐在檐廊上。我不敢正视她。她丈夫看了看我,又看了看她,很不礼貌。他大概想看看我和她之间发生了什么吧。我觉得很符合他的风格,不禁笑了起来。而且,仅此而已。

我没有表现出任何感情。过了一会儿,我告别了。我走出大门。她从五月还和我们坐在一起的客堂间走到能看见门口的窗前,急忙打开玻璃窗,说了声再见。

她的声音里饱含着某种压抑的感情,这比什么都清楚地传到我耳中。我头也不回地走了。因为有什么东西把我推了一把。仅此而已。啊,这么多无用之处,为什么至今仍残留在我的印象中呢?我不珍惜那个。但它仍然存在。而且经常出现在我身上。——

我到这里的时候已经是傍晚了。我去洗澡了。那是在主屋前院独立建造的一间小屋中。一进去,猛烈的柴烟把我呛得喘不上气来,眼泪不住地流了出来。进门处是一间小小的土间,入口处并排着两个炉灶。旁边放着一个浴桶。烟从浴室的火炉和两个灶里都冒出来。土间的一侧铺着木板,上面放着一只小手提灯笼。昏暗的灯光下,木板对面是三张榻榻米大小的榻榻米,四周的板壁被熏黑了,到处都有裂缝,风从那里吹进来,烟雾弥漫,板壁上挂着几件衣服一样的东西看到榻榻米上堆着几张脏兮兮的蒲团。

 無意味な、曖昧な、信ぜられないものばかりが殘つた。――僕はそれらのことを書くのに困惑を感ずる。正當な、滿足すべき言葉がないのだ。そして又、それらの僕の周圍に起つたこと、僕の中に起つたこと、それが何だといふのだらう。何でもありはしない。何の意味もありはしない。僕はその頃、自分の病氣であることを信じてゐたが、今ではそれすら信じないのである。その頃も今も、僕は孤獨なのだ。それが僕の本音であり、僕の全部なのだ。あゝ、この孤獨がどんなものか、僕は説明しようとは思はない。僕は島へ來る前に友人と話をして、俺は孤獨なのだ、と云つた。僕はそれを、ありうべからざる風に、滑稽な風に話した。そして、彼も笑ひ、僕も笑つた。だが、二人の笑ひが全然ちがつたものであることを僕は知つてゐる。そんなことはそれ以外に話しやうがないのである。若し眞面目に話さうとしたら、それこそ眞に滑稽で、眞に不快なものになる。だが、僕が孤獨だといふのも、やはり一時的なもので、やはり意味がない。では、どこに、どんな風にして、永久なもの、意味のあるものがあるのか。

 僕がこの土地へ來る氣になつたのも、何故だか解らない。誰がそんなことを知るものか。僕は何もかも嫌で、不愉快で、信ぜられない氣がした。僕の不眠症もこの頃大分よくなつたが、僕はもう以前の状態にはかへれないやうな氣がする。僕をして赴かしめよ。どこへ。どこへだか知るものか。僕の妻は今働いてゐるが、そして彼女と三人の子供を養つてゐるが、僕もそれには最初力添へをしたのだが、彼女の計劃がうまく行きはじめると、不可解なことに、僕は云ひやうなく不快になつて、彼女の仕事をぶちこはしたくなつたのである。彼女の仕事だけではない、あらゆる都合のよい、順序よくすゝむ仕事、そんなものは僕には何かしら耐へがたいことのやうに思はれた。何とでも解釋するがいゝ、これは事實僕の中に起つたことなのだ。たゞ、彼女をして赴かしめよ。僕は僕だ。

 島へ出發する二三日前、僕は妻とは別の今一人の女に會ひに行つた。會ひに行つたのではない。單にそこへ行けば、彼女に會へることがわかつてゐたのだ。僕にはそこへ行く用があつた。旅費を借りに。僕はこの四年間その女に會はず、その女に會ひさうな機會は一切避け、その女の名を口にせずに過した。その女の名を聞くことは苦痛であつた。それでも僕は人づてに彼女が結婚し、子供を産んだことを聞いた。それは會はうとしなくなつてから二年めであつた。その前にもその後にも、僕は彼女の眼にふれ、僕もまた彼女を見、その聲を聞くことをどんなに切望したことだらう。だが、僕は行かなかつた。何かしら、僕に行くことを拒ませた。彼女と會ふことの不幸を、僕は四年前に考へ拔いたのだ。彼女が結婚したと聞いてからはなほさら、この決心は強まつた。あゝ、どんなに行きたかつただらう。どんなにしばしば彼女のことを考へたことだらう。どんなに彼女が僕の日常の時々に、僕の空想の中に現はれたことだらう。それがどういふものかよく知らない。彼女を空想することは僕の生活の少からぬ部分であつた。彼女を考へることによつて、どんなに僕の心はかきたてられたことだらう。だが、僕はそのときになつて彼女に會ふことを恐れなくなつた。何が僕の中で起きたのかは知らない。これまでどんなに會ふことを望み、又恐れたことだらう。會へばかならずや、僕は僕であり得ず、彼女をもかき亂しはしまいかと恐れた。あゝ、彼女はそつとして置かなくてはいけない。僕は彼女の生活の埒外らちぐわいにゐなければならぬ人間だ。

 だのに、僕は今それらの意味の脱落してゐるのを感じた。僕は躊躇することなく、何も考へることなく行つた。僕は何も期待しなかつた。僕に妻子があるやうに、彼女には今夫と子があるのだ。僕は誓つて云ふが何ごとも期待せず、何も恐れなかつた。今さら何が起りうるといふのか。それに、何が起つたつて、彼女に動搖が起り、彼女の夫に苦痛を與へたつて、それが何だらう。彼女の夫には、僕は何度か會つてゐた。ずつと以前から、彼は僕の知己の一人であつた。僕は或るとき、彼と永いこと話しこんだことがある。それは或る影響を與へた。彼は何もかも知つてゐる。そして、僕の今もつて彼女に會へさうな機會を一切さけてゐる理由も知つてゐる。彼は或る種の男だ。僕は彼の或る所が好きだ。又、彼には僕を苛立いらだたしめる何かがある。僕には、僕をも含むそれら一切の中に何となく滑稽なもののあるのを感じてゐた。僕はそれを嘲つてやりたい氣持を持つた。

 彼女は僕の來たことに氣づいて、しばらく隱れてゐた。少くとも出ては來ようとしなかつた。彼女の夫が先きに聲をかけた。それが許しででもあるかのやうに、彼女は晴れやかなよく透る聲で僕に挨拶した。

「今日は」と僕は挨拶した。聲のする方に向つて。彼女は僕にお茶をのみに來い、と女中を呼びによこした。僕は彼女と夫との家に行つて、縁側に腰をかけた。僕は彼女の方をまともに見ることができなかつた。彼女の夫は僕を見、それから彼女を見た、ぶしつけに。彼は僕と彼女との中に何が起つたかを見たかつたのだらう。僕は、いかにも彼らしいと思つて、少し可笑をかしかつた。そして、それだけであつた。

 僕はどんな感情も現はさなかつた。しばらくして、僕は別れを告げた。僕は門を出た。彼女はさつきまで僕たちと坐つてゐた座敷から、門口の見える所の窓まで來て、窓硝子を急いで開けて、さやうなら、と云つた。

 彼女の聲には或る押へられた感情がこめられ、それは何よりも明らかに僕の耳に聞えた。僕はふり向くことをしないで去つた。何かが、僕を押しとゞめたから。それだけだ。あゝ、それだけの無用さがどうしてこんなに、今にいたるまで僕に或る印象となつて殘つてゐるのか。僕はそれを大切にはしない。だがそれは殘つてゐる。そして、しばしば僕に現はれるだらう。――

 僕がこゝの家に着いたときは夕方であつた。僕は風呂へ入つた。それは母屋おもやの前庭に獨立して建てられてある一軒の小屋の中にあつた。そこへ入るや否や、僕は猛烈な薪の煙のために息がつまり、眼にはひつきりなく涙が出た。入つたところは小さい土間で、竈かまどが入口のところに二つ並んでゐる。その横に風呂桶があつた。煙は風呂の焚口からも、二つの竈からもいぶり出てゐた。土間の一方には板敷があつて、そこには小さな手提ランタンが置いてある。そのうす暗い明かりで、板敷の向うは三疊ほどの疊敷になつてゐること、周圍の板壁は眞黒に煤けて、方々に割れ目ができてゐて、そこから風がふきこみ、煙をうづまかせ、板壁には衣物のやうなものがいくつか掛けられて、疊敷のところには汚い垢じみた寢蒲團が何枚かつまれてあるのを見た。

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