博多人偶
竹久梦二
矶带着一个可爱的博多人偶。那个人偶有着黑色的眼睛和玫瑰色的脸颊,非常可爱,所以矶比任何一个人偶都要可爱。无论去哪里都不离身。晚上睡觉的时候,也会轻轻地让她睡在旁边。
一天,阿矶到牧场去摘茅草。一如往常,右手抱着心爱的人偶。
……痛花痛花
一枝折插在腰带上
二折是指插在头发上……
茅花满手的时候,阿矶对人偶说。
“你是个好孩子,我的手这么多,所以你就在这里等我吧,我妈马上就来,好啊。”
矶把人偶放在草地上。柔软的青草,真的是很舒服的床。
……三枝先天黑了
神之村长庄也来住吧
住在里面的庄屋吧
住在下庄屋的话……
矶边唱边摘茅草,不知不觉太阳落山了,周围变得昏暗起来。矶吓了一跳,来到放置人偶的地方,可是到处都是草,不知道把人偶放在哪里,怎么找也找不到。
“我的孩子在哪里?”
怎么叫都没有回应。不一会儿,太阳慢慢地回到了山的另一边。
矶子,你在这里啊!我们回去吧!”姐姐从家里来叫她。
“因为我看不见我的人偶啊。”
矶说着,和姐姐一起找了,可是还是没有找到人偶。
“明天再和姐姐一起来找吧,到时候太阳公公就会帮着找了,对吧?”
姐姐这么一说,阿矶也放弃了,回家去了。
“万一人偶被人贩子带走了怎么办?还是会有妖怪出来吃呢?”
矶很担心这一点。
,人贩子和妖怪都没有带去。长草在微风的吹拂下,巧妙地把人偶藏起来,不让任何人看见。所以人偶即使天黑了也一动不动地睡在那里。
太阳下山后,最先升起的蓝色星星出现在森林上空,闪闪发光。
……星星小姐星星小姐
一颗星就出不来
有成千上万的呢
远处传来男孩唱歌的声音。娃娃睁大了眼睛,以为是要带我来,可是歌声也远去了。
“会怎么样呢?”
娃娃已经快要哭出来了。
……莉莉莉莉……
附近的草丛里,铃虫开始叫了。娃娃很高兴,
“铃虫小姐,请你带我去小姐那里吧。”
拜托了。
哎呀,娃娃,你被丢在这里了。可是,我不知道小姐的家在哪里,丽丽丽丽。”说着就不知道飞到哪里去了。
……红乐乐红乐乐……
河边青蛙叫了起来。娃娃又呼唤青蛙。
“青蛙先生,天还没亮吗?”
我不知道。太阳出来的时候你就去问问看。啦啦啦啦啦。”青蛙冷冷地说着,就和裤子一起跳进了河里。
娃娃哭着,等待寂寞的黎明。
天终于亮了,附近传来咔嚓咔嚓的剪子声。那是牧场的看守来割草了。
“叔叔,你没看见我的人偶吗?”
人偶觉得说话的是小姐的声音。
“这个嘛,我还没见过。”
看守说着渐渐修剪到人偶附近。
“快点割吧,叔叔。”
小姐和人偶都坐立不安。走到昨晚藏人偶的长草处时,人偶突然出现了。
“是啊,有了。”
看守说。
“啊!我的孩子!”
矶抱起可怜的人偶,抚摸着脸颊,高兴得不得了。
博多人形
竹久夢二
お磯いそは、可愛かあい博多人形を持っていました。その人形は、黒い眼めと薔薇色ばらいろの頬ほおを持った、それはそれは可愛かあいらしい人形でありましたから、お磯はどの人形よりも可愛がっていました。どこへゆく時にも傍そばをはなしませんでした。夜寝る時でさえ、そっと傍へ寝かしてやるほどでした。
ある日お磯は、牧場へ茅花つばなを摘みにゆきました。やはりいつものように右の手には御気に入りの人形が抱っこされていました。
……つうばな つうばな
一枝折っては帯にさし
二枝折っては髪にさし……
茅花が、両手に一ぱいになったとき、お磯は人形に言うのでした。
「あなたは好いい児こね。あたしは、お手手が、こんなに一ぱいなんでしょう。ほうら、だからここへねんねして待ってて頂戴ちょうだいな。かあさんすぐ来ますからね。いいこと」
お磯いそは、人形を草の上に寝かしました。柔かい青い草は、ほんとに気持のよい寝床でした。
……三枝がさきに日が暮れて
かみの庄屋しょうやが泊ろうか
なかの庄屋で宿とろか
しもの庄屋へ泊ったら……
お磯は、そう歌いながら茅花つばなを摘んでいるうちに、いつか太陽がおちて、そのあたりが薄暗くなって来ました。お磯はびっくりして人形を寝かしておいた所へ来ましたが、どこもかも草だらけで、どこへ人形をおいたやら、探しても見つかりません。
「あたしの坊やどこにいる?」
いくら呼んでも返事がありません。そのうちに太陽は、ずんずん、お山の向うへ帰ってしまいました。
「まあここにいたの、磯ちゃん、さ帰りましょう」お家うちから姉さんが、呼びにきたのでした。
「だって、あたしのお人形が見えないんですもの」
お磯はそう言って、姉さんと一緒に探しましたけれど、矢張人形は見つかりませんでした。
「あしたまた姉さんと探しにきましょうね。そしたらお日さまが手伝って探して下さるわ。ね」
姉さんにそう言われて、お磯もあきらめて、お家の方へ帰りました。
「もしか、お人形が、人買ひとかいに連れてゆかれたらどうしましょう。それともお化ばけが出てきて食べないかしら」
お磯はそれが心配でした。
けれど、人買もお化も連れてゆきませんでした。長い草は微風そよかぜにふかれながらも、人形を誰だれからも見えないように、上手にかくしてくれました。だから人形は、日がくれてもじっとそこに寝ていました。
日が暮れると、一番に出る青い星が、森の上へ出てぴかぴか光りました。
……お星さん お星さん
ひとつぼしで出ぬもんじゃ
千も万も出るもんじゃ
遠くの方で男の児この歌う声がしました。人形は、もしや私を連れに来るのかと、眼めをぱっちりあけていましたが、歌の声も遠くへいってしまいました。
「どうなることだろう」
人形はもう泣き出しそうになりました。
……リイリイリイ……
近くの草のなかで、鈴虫が鳴きだしました。人形は大喜びで、
「鈴虫さん、あたしをお嬢さんのとこへ連れていって頂戴ちょうだいな」
とたのみました。
「おや、お人形さん。あなたおいてけぼりになったの。でも、あたしお嬢さんのお家うちを知りませんよ、リイリイリイ」と言ってどこかへ飛んで行きました。
……クララ クララ……
川の淵ふちで蛙かえるがなきました。人形は、また蛙を呼びかけました。
「蛙さん、まだ夜はあけないの」
「おいらは知らないね。お日様が出たらきいて見な。クララクララ」蛙は、つっけんどんにそう言って、ずぼんと川の中へ飛込みました。
人形は泣きながら、さみしい夜の明けるのを待っていました。
やっと夜が明けて、近くでチョキンチョキンと鋏はさみの音がしました。それは牧場の番人が草を刈りに来たのでした。
「おじさん、あたしのお人形を見なかって?」
そう言っているのは、お嬢さんの声だと、人形はおもいました。
「さあ、わしはまだ見ないが」
番人はそう言ってだんだん人形の近くまで刈ってきました。
「はやく刈って頂戴ね。おじさん」
お嬢さんも、人形も気が気ではありません。そのうちに、昨夜ゆうべ人形を隠してくれた長い草のとこまでくると、ひょっくり人形が出てきました。
「そうら、いたいた」
番人が言いました。
「まあ! あたしの坊や!」
お磯いそは、可哀かあいそうな人形を抱きあげて、頬ほおずりして喜びました。
城市之眼
竹久梦二
吉和芽吉坐在稻田的田埂上眺望着远处的山。吉一直在想,那座山的对面,有一座留吉长期以来一直想去的都城。
那里有天子的城堡,镇上总是像节日一样热闹,镇上的人们穿着漂亮的衣服,吃着美味的食物,生活都很富足。想要什么就能得到什么,想看什么有趣的东西就能随时看到,去哪里都有电车和汽车,稍微一举手就能去哪里。
同样是生而为人,却在这种乡下地方从早到晚看山度日,未免太无趣了。无论怎么努力工作,从父母那一代到子女那一代,不,恐怕永远都不会有更好的生活。和牛和马的生活没有什么不同。即使是马,也想在京城生活。都这么大,生活应该比马好一点吧。吉和目吉一想到这里,就再也按捺不住了。
第三天早上,留吉在京城车站下车。我在明信片和杂志上看到照片,想象了一下,可是真的来到京城一看,为什么会有这么多人聚集在这里呢?为什么这么多人忙着四处奔走呢?对吧。站了一会儿,就有二十辆汽车从留吉前面开了过去。
吉提着一个唐草图案的书包,右手拿着洋伞走出车站,迈开脚步。
“喂喂,危险!”手臂上绑着一块蓝色布片的巡警说着,把留吉从电车轨道上推了出来,把他带到比道路稍高的铺路石上,说:“要坐电车的话,就在这里等我。”
那里立着一块牌子,上面写着“腰带完全便宜”。留吉觉得“这是和服店的广告”,但腰带的便宜对留吉来说是没用的。我在想,今晚留吉睡哪里好呢?
吉想起村长的次子是他小学时代的朋友,现在住在京城,生活条件不错。
毕业考试时,我教过他算术问题,如果去看他,他一定也会想起那时的友情。吉终于想起了老朋友的地址。
那里是山手的高地,有门的房子一字排开。
24番地,京都是个讲究价格的地方,什么都要对折,12番地,这句话,留吉想起村里有个老知识的老人曾对他说过,但留吉心想,这根本是天方夜谈。
那么,二十四号在哪里呢?
细长的白色木栅上有一扇门,门上插着红玫瑰。是用石头叠起来,上面种上玻璃的围墙。有的地方,也有像西洋点心一样颜色黏黏的西式房子,让人想尝尝看。有的房子有着红色的圆形屋顶,挂着粉红色的窗户,就像童话故事里的孩子的家一样。
二十四号!来这里。今田时雄,啊,就是这个,这是老朋友时公的家。白色石柱立在左右两侧,装饰着铁格子门的大门。吉和目吉想,那门简直就像郡公所一样。
大门到玄关铺满了石头,两侧放着人造花似的进口鲜花。
“时公也变了不起了,算术那么烂,到了京城也了不起啊。”留吉进了老朋友的门,大步朝玄关走去。
于是,一种奇怪的心情让留吉的心情变得异常沉重。奇怪,留吉有生以来第一次经历这种麻烦的心情,我不太明白,留吉有点不好意思了。这让留吉非常不高兴。
“我曾经给时公做过竹马,那家伙应该还记得这件事吧?”
这个想法让留吉轻松了许多,精神抖擞地走到玄关前。柱子上的按钮旁边写着:“有需要的人被按了这个按钮。”吉读了。
“我有事,而且这里的老板是我的朋友。”留吉按下按钮。啪嗒啪嗒,不知从哪个房子里面传来了声音。吉以为是这样的机关,看了看入口的玻璃门,那里有一个一寸见方的洞。他的一双大眼睛闪过一道亮光,头顶上传来叽哩叽哩的进口警钟声。吉吓了一跳,什么也没想就飞快地往门口跑去。
就在这时,留吉的帽子从他头上飞了出去,骨碌骨碌地滚了下去。觉得这家伙不容易,坏的时候也会坏的,假花的西洋花中,出现了一只露出牙齿,长得像珍一样,但是一点都不讨人喜欢的大狗,追着留吉跑。
吉拼命地跑到十一号。哎呀呀地站在那里,身后站着一个身穿印着“今田家”字样的法被的男人,手里拿着一顶留吉的帽子。“谢谢,给您添麻烦了。”留吉说着要接过帽子,那个男人一把抓住他的手说“过来一下”,就把他带到涂着油漆的白色房子里去了。椅子上的人一下子瞪了留吉十三眼。是个巡警。
“刚才在电话里说过的就是那个人吧?”一个巡警站了出来,对穿号衣的男人说。
“就是这家伙,老爷。”法被男说。
“我没有做什么坏事。我、我去拜访老朋友了。只是眼睛、眼睛滴溜溜地说。”警察扯着胡子说。
“你说你是今田先生以前的朋友,没错吧,他叫什么名字?”
警察给今田先生打了电话。
“哦,原来如此,他本人说是他以前的朋友……哦,我明白了。那么,先推定他没有其他盗窃等目的,就放他走吧。”是……是,给您添麻烦了。”叮铃叮铃
打完电话的巡查又去留吉那边说:
“今田先生说他从来没有交过你这样的朋友。”
“今田时雄和雄在算术考试的时候……”
“好了好了,总之我把这顶帽子还给你,今后不准擅自闯入别人的宅邸,明白了吗?”
吉坐在公园的长椅上,仔细地看着帽子。
这顶帽子不好。总之,这顶帽子也许会让我比现在更不幸。田里除草、过山岭的时候,这顶帽子都是我的同伴,现在是分别的时候了。吉决定把帽子扔掉。于是,他把帽子悄悄地藏到坐着的长椅下面,离开了。在公园门口走了两三米,
“喂喂”巡警追了上来。
“这是你的吧?”说着把帽子递给了留吉。
“不,那个,这个是那个……”吉还想说些什么,巡警已经去找别的帽子了。
吉拿着不幸的帽子走着走着肚子就饿了。
有一家西洋馆,上面写着“民众食堂一餐金十分”。吉走了进去,坐在角落空着的椅子上,把帽子放在桌子上。
十钱的饭吃完后,留吉把帽子藏在椅子下面,若无其事地走了出来。“这是你的帽子吧?”随后从餐厅出来的车夫把帽子完全戴在了留吉和眼吉的头上。
吉似乎忘记了自己向往已久的京都观光、找工作、想起以前的朋友。怎么和这顶不幸的帽子分别呢?我满脑子这个念头,在陌生的街道上走了又走。
天黑后街上行人稀少的时候,留吉在郊外找了一间肮脏的廉价旅馆。
这次成功了。”留吉把帽子从旅馆二楼的窗户扔到后面的空地上。于是我安心地睡了一觉。我想趁别人不知道的时候离开,睁开眼睛一看,帽子还好好地放在枕边。
吉又带着那顶不幸的帽子离开了旅馆。吉走在一条大川的河堤上。
“把帽子丢在这里,丢到河里去的话,就不会再回来了。”
吉从桥上用力把帽子扔进河里。帽子随着小小的波浪,啪嗒啪嗒地往下游漂去。
“再见,前天来吧!”
吉怀着泫然欲泣的心情,告别了渐渐远去的帽子。一艘摩托艇一边嘟嘟、嘟嘟、嘟嘟地说着,一边向帽子的方向跑去。船上坐着两个穿白衣服的男人和一个巡警。很快就追上了帽子,一个人把帽子救了上来,急忙把小船靠岸。吉在一旁看热闹的时候,帽子不知什么时候又戴到了留吉的头上。
吉不知为何高兴起来,把不幸的帽子戴在头上哭了起来。但是,无论怎么想,今田时雄从玄关一寸角的玻璃洞里窥视的眼睛,总是从公园长椅后面的树荫下、公共食堂的椅子下、旅馆后面的空地、大川桥下。闪闪发光,仿佛看到留吉在做什么。对留吉来说,这是无法忍受的。
不久,留吉戴着不幸的帽子,从京城车站回到乡下。
(一九二三、七、二十四)
都の眼
竹久夢二
留吉とめきちは稲田の畦あぜに腰かけて遠い山を見ていました。いつも留吉の考えることでありましたが、あの山の向うに、留吉が長いこと行って見たいと思っている都があるのでした。
そこには天子様のお城があって、町はいつもお祭りのように賑にぎやかで、町の人達は綺麗きれいな服をきたり、うまいものを食べて、みんな結構な暮くらしをしているのだ。欲しいものは何でも得られるし、見たいものはどんな面白いものでも、いつでも見ることが出来るし、どこへゆくにも電車や自動車があって、ちょっと手を挙げると思うところへゆけるのだ。
おなじ人間に生れながら、こんな田舎いなかで、朝から晩まで山ばかり見て暮すのはつまらない。いくら働いても働いても、親の代から子の代まで、いやおそらくいつまでたっても、もっと生活がよくなることはないだろう。牛や馬の生活と異ちがったことはない。たとえ馬であっても都で暮して見たいものだ。広い都のことだから、馬よりはすこしはましな生活が出来るだろう。留吉とめきちはそう考えると、もうじっとしていられないような気がするのでした。
それから三日目の朝、留吉は都の停車場へ降りていました。絵葉書や雑誌の写真で見て想像はしていたが、さて、ほんとうに都へ来てみると、どうしてこんなに沢山な人間が、集っているのだろう、そしてなんのためにこの大勢の人間は忙せわしそうにあっちこっちと歩いているのだろう。ちょっと立っている間にさえ、自動車が二十台も留吉の前を走って行きました。
唐草模様のついた鞄かばん一つさげた留吉は、右手に洋傘こうもりを持って、停車場を出て、歩きだしました。
「おいおい危あぶない!」腕に青い布きれをつけた巡査がそう言って、留吉を電車線路から押しだして、路みちよりもすこし小高くなった敷石の上へ連れていって、「電車に乗るなら、ここで待っていて下さい」と言いました。
そこには立札があって「帯地全く安し」と書いてあるのです。留吉は「呉服屋の広告だな」と思いましたが、帯地の安いことは留吉には用のないことでした。それよりも、今夜留吉はどこへ寝たら好いいだろうと考えました。
留吉は、小学校時代の友達で、村長の次男がいま都に住んで好よい位置を得てくらしていることを思出おもいだしました。
卒業試験の時、算術の問題を彼に教えてやったことがあるから、訪ねてゆけば、彼もあの時の友情を思出すに違いない。留吉は、昔馴染なじみの友達の住所をやっと思出しました。
そこは山の手の高台で、門のある家がずらりと並んでいるのでした。
二十四番地、都は掛値をする所だから、なんでも半分に値切って、十二番地、だなんて、村で物識ものしりの老人がいつか話してくれたのを思い出したが、まさかそれは話だと、留吉は考えました。
さて、二十四番地はどこだろう。
細っこい白い木柵もくさくに、紅あかい薔薇ばらをからませた門がありました。石を畳みあげてそのうえにガラスを植えつけた塀がありました。またある所には、まるで西洋菓子のようにべたべたいろんな色のついた、ちょっと食べて見たいような西洋風な家もありました。紅い丸屋根をもった、窓掛の桃色の、お伽噺とぎばなしの子供の家のような家もありました。
二十四番地! さあここだぞ。今田時雄いまだときお、ああこれだ、これが昔の友達、時公ときこうの家だ。白い石の柱が左右に立って、鉄の飾格子かざりごうしの扉ドアのような門がそれでした。まるで郡役所のような門だなと、留吉とめきちは考えました。
門からずっと玄関まで石を敷きつめて、両側に造花つくりばなのような舶来花を咲かせてありました。
「時公ときこうもエラクなったもんだな、算術なんかあんな下手糞へたくそでも、都へ出るとエラクなれるものだな」留吉は、昔の友達の門をはいって、玄関の方へずんずん歩いてゆきました。
すると、なんだか変てこな心持が、留吉の心をいやに重くしはじめました。変だぞ、留吉は生れてはじめて、こんな厄介な気持を経験したので、自分にははっきり解わからないが、留吉はすこし気まりがわるくなったのです。それはたいへん留吉を不愉快にしました。
「時公におれは竹馬を作ってやったこともあるんだ。あいつはその事もまだ覚えているだろう」
この考かんがえは、留吉をたいへん気安くして、元気よく玄関の前まで、留吉を歩かせました。「御用の方はこの釦ボタンを押されたし」と柱の釦のわきに書いてある。留吉は読みました。
「おれは用があるのだ。それにここの主人はおれの友達だからな」留吉は釦を押した。ヂリヂリヂリとどこか家の奥の方で音がしました。そういう仕かけかなと思って、留吉は、入口のガラス戸のとこを見ていますと、そこに一寸角ほどの穴があいています。そこで大きな一つ眼めがぎらっと光ったかと思うと、頭の上でヂリヂリヂリと、舶来の半鐘のような音がしました。留吉はもうとてもびっくりして、何を考える暇もなく、どんどん門の方へ駈かけだしました。
するとその拍子に、留吉の帽子が留吉の頭から飛去って、ころころと転ころがってゆきました。こいつは大変だと思っていると、悪い時には悪いことがあるもので、造花の西洋花の中から、歯をむいたチンのような顔をした、しかしずっと愛嬌あいきょうのない大犬が出てきて留吉を追いかけました。
留吉は、十一番地のところまでまるで夢中で駈出かけだしました。やれやれとそこで立どまると、あとから今田いまだ家と襟を染めぬいた法被をきた男が、留吉の帽子を持って立っていました。「どうも、これはお世話をかけました」と言って留吉がその帽子を受取ろうとしますと、その手をぐっとその男は掴つかんで「ちょっと来い」と言ってペンキ塗ぬりの白い家へ連れてゆきました。椅子いすに腰かけた人間の眼が十三ほど、一度にぎろっと留吉の方を見ました。それは巡査でした。
「先程電話でお話のあったのはそいつですね」一人の巡査が立ってきて、法被の男に言いました。
「こいつですよ、旦那だんな」法被の男が言いました。
「私はその、なんにも悪いことをしたのではないですよ。その、私は、その、昔の友達を訪ねていったですよ。ただその、眼めが、眼がそのヂリヂリヂリっと言ったでがすよ」留吉とめきちは巡査に言いました。巡査は髭ひげを引張ひっぱって言いました。
「お前は今田いまだ氏の昔の友達だと言うのだね。それに違いないか、何という名だ」。
巡査は今田氏へ電話をかけました。
「ははあなるほど、昔の友達だなどと当人は申して居おりますが……ははあ、いやわかりました。では、とりあえずですな、外ほかに窃盗などの目的はなかったものと推定して、放免することにいたしましょう。……はい……はい、どうもお手数をかけました。」チリンチリン
電話をかけ終った巡査は、また留吉の方へ出て、さて言うには、
「今田氏はお前のような友達は持ったことはないと仰言おっしゃるよ」
「今田時雄ときおは、その、算術の試験の時……」
「もう好よい。兎とに角かくこの帽子はお前に返してやるが、今後は、他人の邸宅へ無断で侵入しては相ならぬぞ、よしか」
留吉は、とある公園のベンチに腰かけて、つくづくと帽子を眺めました。
この帽子が悪いのだ。とにかくこの帽子は、おれを今よりもっと不幸にするかも知れない。田の草をとる時にも、峠を越す時にも、この帽子はおれの連つれだったが、今は別れる時だ。留吉は、帽子を捨すててしまおうと決心しました。そこで、腰かけていたベンチの下へ、その帽子をそっとかくして、そこを立ちさりました。公園の門を二三間歩くと、
「おいおい」と言って巡査が追いかけてきました。
「これは、君のだろう」と言って、帽子を留吉に渡しました。
「いや、その、これはその……」留吉が、何か言おうとするうちに、もう巡査は、ほかの帽子か何かを探しにいってしまいました。
留吉は、不幸な帽子を手に持って歩いているうちに、たいへん腹がへってきました。
「民衆食堂一食金十銭」と書いてある西洋館がありました。留吉は、そこへ這入はいっていって、隅っこのあいた椅子いすに腰かけて、帽子を卓子テーブルの上へおきました。
十銭の食事が終ると、留吉は帽子を椅子の下へかくして、何食わぬ顔をして、出てきました。「君の帽子だろう」あとから食堂を出てきた車屋さんが、すっぽりと留吉とめきちの頭へ、帽子はママはめてしまいました。
留吉は、長い間こがれていた都を見物することも、何か仕事を見つけることも、また昔のお友達を思出おもいだすことも忘れてしまったように見えました。ただもう、どうして、この不幸な帽子と別れたものかと、その事ばかり考えて、知らない街を通とおりから通へと歩きつづけるのでした。
日が暮れて街の人通ひとどおりが少すくなくなった時分に、留吉は街はずれの汚い一軒の安宿を探しあてました。
「今度はうまくいったぞ」留吉は、宿の二階の窓から、裏の空き地へ帽子を投出しました。それで安心して、その夜はぐっすり眠ってしまいました。人の知らないうちに出立しようとおもてママ、眼めをさますと、帽子は枕元まくらもとにちゃんとおいてあります。
留吉は、また不幸な帽子を持って、宿を立ちました。留吉は、とある大川の堤どての上を歩いていました。
「ここだ帽子を捨てるのは。川へ流してしまえば、もう返って来ないだろう」
留吉は、橋の上から力一ぱい帽子を川の中へ投げやりました。帽子は、小さな波に乗って、ぶっくりぶっくり、川下の方へ流れてゆきました。
「あばよ、おととい来いだ!」
留吉は、泣きたいような好よい気持ちで、だんだん遠くなってゆく帽子に別れをつげました。すると一艘そうのモーターボートが、ポクン、ポクン、ポクンと言いながら、帽子の方へ走出はしりだしました。ボートの中には、白い服をきた男が二人と巡査が一人乗っていました。まもなく帽子に追いついて、一人が帽子を救いあげると、急いでボートを岸へつなぎました。留吉があっけらかんとして見物しているうちに、帽子はいつの間にかまた留吉の頭の上へのっかっていました。
留吉は、なぜか嬉うれしくなって、不幸な帽子を頭へのっけたままで泣出しました。しかし、どう考えても、今田時雄いまだときおの玄関の一寸角のガラスの穴からのぞいた眼が、公園のベンチのうしろの木の蔭かげからも、公衆食堂の椅子いすの下からも、宿屋の裏の空地にも、大川の橋の下にも、いつもぎらぎらと光って、留吉のすることを見ているように思えるのでした。これは留吉には、たまらないことでした。
留吉が、不幸な帽子をかぶって、都の停車場からまた田舎いなかの方へ帰ったのは、それからまもないことでした。
(一九二三、七、二四)